2009年 02月 08日
「ゆきなり」ということば (1)
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このところ、森銑三編『明治東京逸聞史』(平凡社東洋文庫)を枕頭の書としています。



明治期45年間に発行された新聞雑誌の中から、東京の庶民生活が反映された記事を集め、それぞれに簡単な解説を加えて年代順に並べたもの。そこにはおのずから五目飯風の趣が生じて、すこぶる面白い。

中に、明治の小説家・評論家として知られた斎藤緑雨の談話を引用した記事があります。明治30年(1897)5月発行の『新著月刊』紙上に発表されたもの。この人物は、よく知られた「ギヨエテとはおれのことかとゲーテ云ひ」という、あの川柳の作者でもあります。

「柳橋」という題で抄録された文章を、さらに抜粋して引用します。

新橋はステーション間近にある。江戸の風儀の乱れたのは、あの汽車が持つて来たのだ。汽車で京阪から名古屋を通つて来た風が、まづ ゆきなり 新橋を吹荒らして、それから八方に散つてゐる。そこで今ではどこも西国風が沁みて、化粧も濃くなり、着物も赤くなつた。

汽車の開通によって関西の風俗が東京に運ばれ、旧来の江戸の良さが次々に壊されて行く当時の世相を批判した文章です。その内容もさることながら、私はここに出る「ゆきなり」ということばに目が留まりました。

このことばには、歴史的に見て興味深い問題が含まれています。しばらくそのことを取り上げていくことにします。 (この項続く)

昨日の朝は、しばらくぶりに城尾ファミリーの雄猫と出会いました。寒さに備えて体も丸々として元気な様子でした。2枚目は、ちかごろどうしているかとご心配の、各地の城尾ファミリーファンへの近況報告画像です(^_^)v
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  *撮影機材:RICOH GR-DIGITALⅡ+Wide conversion 21mm
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by YOSHIO_HAYASHI | 2009-02-08 07:41 | 言語・文化雑考


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