2009年 02月 10日
「ゆきなり」ということば (2)
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昨日引用した斎藤緑雨の文章に見える「ゆきなり」ですが、現代語にはこの形がありません。これは江戸期以降、明治のころまで使用された語形です。現代では、この語の別の形にあたる「いきなり」を用います。



これは、たとえば「行き止まり」にユキドマリ・イキドマリの二つの形があるのと同じことです。ただし、こちらは現代でも両語形を使うのに対して、そちらはイキナリの方が生き残り、ユキナリは消滅してしまった、そういう違いがあります。

また、ユキナリ・イキナリの両語形が生きていた時代の用法を語義の面から見ると、そこにも《突然》の意を表す現代語の「いきなり」とは違いのあることが分かります。

それをかいつまんで言うと、「ゆきなり」「いきなり」は、はじめから《突然》の意味を表すことばではなかった、別の言い方をすれば、現代語の「いきなり」に《突然》の意味が生まれたのは後のことであった、ということになります。

これらのことを念頭に置いて、緑雨の「ゆきなり」を見ていく、モトイ、見てゆくことにしましょう。
(この項続く)

今日の2枚目の画像は、コブシをマクロ撮影したものですが、ご覧のとおりつぼみはまだまだ堅い。しかし春の備えをしていることは、日ごとにふくらみを増しているところから窺われます。これから開花の時まで、折に触れて画像による報告を続けることにしましょう。

5枚目の画像はアシビのつぼみですが、4枚目は何のでしょうか。どなたかご存じならばご教示を。
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  *撮影機材:RICOH GR-DIGITALⅡ 28mm f2.4
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by YOSHIO_HAYASHI | 2009-02-10 06:31 | 言語・文化雑考


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