2009年 02月 11日
「ゆきなり」ということば (3)
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前々回の引用箇所の一部を再び掲げます。



汽車で京阪から名古屋を通つて来た風が、まづ ゆきなり 新橋を吹荒らして、それから八方に散つてゐる。

ここで言う「風」は、前文の「風儀」《風習・風俗》を比喩的に表したもの。京阪の習俗が名古屋を経て東京に伝わり、その「風」が、「鉄道唱歌」に「汽笛一声新橋を…」と歌われた、東海道線の始発駅新橋のあたりを「吹荒らし」た後、さらに東京市内各所に広がっていったということが述べられています。

ここに出る「ゆきなり」を、当時のことばとしての「いきなり」に置き換えることはできます。しかし、それをそのまま現代語の「いきなり」の意に解するのはどうでしょうか。

現代語で「風がいきなり新橋を吹き荒らした」と言えば、その「いきなり」は《突然》の意味になります。しかし上記の「ゆきなり」は、そういう意味に用いたものではなさそうです。

汽車で運ばれてきた関西の「風」が、終着新橋駅に届くや、まずその勢いにまかせて真っ先に新橋一帯を席捲(せっけん)し、しかる後に東京諸地域に広がって行った…、筆者が述べようとしたのはこういうことだったのでしょう。

なおまた、この文に続いて「今ではどこも西国風が沁みて、化粧も濃くなり、着物も赤くなつた」とあったことも注意されます。

明治期の新橋と言えば、芸者抜きには語れない土地柄。「西国風」が新橋を吹き荒らしたというのは、新橋芸者の化粧や着物の色柄が、それまでは控えめな江戸前であったのに、鉄道の開通をきっかけとして華美な関西風に変わった、この文章の記述の主眼はその点にあると見るべきでしょう。「吹荒らして」という口ぶりには、これを好ましからぬものとする緑雨の批判がこめられています。

当時の新橋は、関西の文化や習俗が真っ先に東京に届く、そんな流行の最前線の地であったことが、この文章から伝わってきます。  (この項続く)
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by YOSHIO_HAYASHI | 2009-02-11 08:41 | 言語・文化雑考


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