2009年 02月 13日
「ゆきなり」ということば (4)
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緑雨の文章に出る「ゆきなり」について、もう少し視野を拡げてみることにしましょう。



大槻文彦が明治八年(1875)に文部省の命を受けて起草し、9年後の明治十七年に稿を終えた『日本辞書 言海』という辞書があります。緑雨の文章よりも10年ほど前に刊行されたものですが、この辞書では、この語を「ゆきなりに」の形で副詞として掲げ、次のような語義解説を与えています。

事ノ成リ行クママニ。ムカフミズニ。

「事ノ成リ行クママニ」という言い換えには、緑雨の使用した「ゆきなり」に通うところがあるように思われます。一方、これに続いて「ムカフミズニ(=向こう見ずに)」とあるのは、現代語の「いきなり」に近い語義がすでに備わっていたことを示しています。

f0073935_60248.jpgまたこの辞書には、別項目としてその「いきなり」も収められています。左に掲げたのは、その箇所のスキャナコピーです。

解説の冒頭には「ゆきなり」にあるのと同じ文言が見えますが、これに続いて「程ヲハカラズニ。ソノママスグニ。」とあるのは、現代語の「いきなり」に近い意味も一方に生まれていたことを示しています。

最後に「唐突」とあるのは、「いきなり」の類義語にあたる漢語を示したもの。二重傍線はそのことを表示する記号です。また、見出しの上に付された「++」印は、その見出し語が「訛語(なまったことば)」であることを示すもので、語義解説中に(東京俗言)とあることと対応しています。

これによれば、当時の「いきなり」は、「ゆきなり」のくずれた形で、俗な東京ことばと受けとめられていたことが知られます。

明治期には正式の形であった「ゆきなり」が、やがてそこから生まれた俗な形の「いきなり」に圧倒されて姿を消し、現代ではまったく廃れてしまった…、この注記は、現代に至るわずか100年足らずの間に、そのようなことばの栄枯盛衰の歴史があったことを、われわれに教えてくれます。ことばはみるみるうちに変化するものですね。
(この項続く)

本日のトップは拙宅の鉢植えの木瓜。今朝はめぼしい花に出会わなかったので、その埋め合わせのご披露。玄関先の日当たりのよい場所に置かれています。
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*撮影機材:RICOH GR-DIGITALⅡ+Wide conversion 21mm
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by YOSHIO_HAYASHI | 2009-02-13 05:48 | 言語・文化雑考


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