2009年 02月 28日
「ゆきなり」ということば (9)
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この項の初めに引用した斎藤緑雨の文章よりも11年早く、明治19年(1886)に出版されたヘボンの『和英語林集成』第三版には、「ゆきなり」の形は見られず、次のように「いきなり」が見出しに立てられています。



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ちなみに、この辞書の初版と再版の段階では、「いきなり」「ゆきなり」両形ともに採録されていません。第三版に至ってはじめて採録されたというところには、このことばの当時の運用状況の一端が表れているように思われます。

そのことはさて置き、この項目だけを見ても、注意される点がいくつかあります。

まず語釈の "Abruptly;suddenly;" に見るように、現代語と同じ《突然に・にわかに》の語義が示されている一方で、これとは別の"without ceremony"《無造作に》の語釈が見えることです。これは、現代語の「いきなり」よりも意味の領域が広かったことを示すものです。

次に、見出しの片仮名表示に続いて "-ni,adv." とあることも注意されます。これは副詞として用いられる形が「いきなりに」であったことを示すものです。このことは、最後に示された用例文の"-ni shite oku."(イキナリニ シテ オク)にも表れています。前に示した江戸期の例にも見える「いきなり」と「に」を伴う形が、当時はまだ一般的であったことが知られます。

さらに、上記の用例文「イキナリニ シテ オク」そのものにも注意すべき点があります。それは、この例における「イキナリニ」は、英文語釈に示された語義からは外れていることです。この例文はむしろ、「いきなり」の原義にあたる《成り行きに任せる》の用例としてふさわしいものです。こんなところには、当時の「いきなり」がまだ原義を留めていた、そのことを思わせるふしがうかがわれます。 (この項続く)

 *撮影機材:RICOH GR-DIGITALⅡ 28mm f2.4
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by YOSHIO_HAYASHI | 2009-02-28 17:43 | 言語・文化雑考


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