2009年 03月 26日
「したたる(滴)」あれこれ (2)
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「滴る」は、『奥の細道』の中にも、次の本文画像に見るような使用例があります。




f0073935_7551242.jpg芭蕉と曾良が奥州への旅の途中、下野国黒羽に滞在して雲岸寺を訪れた折の記事の中に見えるもので、次のように記されています。

 苔したゝりて 卯月の天 今猶(なお)寒し (芭蕉自筆本複製<岩波書店>本文による)

ただし、この原文には濁点がいっさい施されていないので、「したゝりて」の第3拍が清濁いずれであったのか、それをこの箇所から直接判断することはできません。現行の活字本の多くが、ここを「しただりて」と翻字しているのは、昨日引用した日葡辞書の記事を根拠としてのことです。

この作品の定稿の成立は、元禄六年(1693)末から翌年にかけのことと推定されており、これは日葡辞書の刊行から90年を経た時期にあたるので、芭蕉の時代には、この語がまだ古いシタダルの形で用いられていたものとして扱われているわけです。

なお、蕉門の俳諧作品には、ほかにもこの語の用例が数例ありますが、上記と同じ理由で、清濁の確証となるものは残念ながら見あたりません。 (この項続く)

  *撮影機材:RICOH GR-DIGITALⅡ 28mm f2.4
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by YOSHIO_HAYASHI | 2009-03-26 07:59 | 言語・文化雑考


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