2009年 06月 21日
「ぐずついた天気」という言い方
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タイトルに用いた表現は、このところの梅雨空のように雨が降ったり曇ったりする天候を言うのによく使われます。



ところでこの言葉に関して、永井荷風の日記『断腸亭日乗』の昭和7年9月16日の条に次のような記事を見つけました。それを岩波文庫版によって引用します(下線は筆者)。

放送局員の天気予報をなすに、北東の風あるいは南東の風あるいは愚図ツイタ天気などいふ語を用ゆ。これ頗(すこぶる)奇怪なり。(中略)グヅツイタ天気といふは如何なる意なるや。愚図々々してゐるといふ語はあれど、愚図ついてゐるといふ事はかつて聞かざる所なり。

つまり、「ぐずぐずした」とは言うけれども「ぐずついた」という表現はまったく聞いたことがないというわけです。作家はさらにこれに続けて、「いかにも下品にて耳ざわり悪しき俗語なり」と一刀両断の評語を下しています。

言葉の好悪の激しかった荷風らしい態度ですが、そのこととは別に、日本語史の面からこの記事に光を当ててみると、「ぐずついた天気」という表現は、昭和7年の頃にラジオの天気予報用語として生まれたものらしいことが知られます。

ただし、《ぐずぐずするさま》を言う「ぐずつく」の例は、すでに江戸中期の文献の中に見ることができます。安永二年(1773)刊行の咄本『今歳咄(ことしばなし)』に収める「針医」と題する艶笑小咄には次の例があります。

 おやぢ「畏(かしこま)りました」と言いつつ、ぐずつく

「ぐずつく」という語は、「まごまご」から出た「まごつく」や、「ふらふら」から生まれた「ふらつく」などの例と同様に、擬態語「ぐずぐず」から派生したもので、その成立の時期は江戸期にまでさかのぼることがこの例から知られます。ちなみに荷風の用いた「愚図」という表記は、そういう擬態語の構成要素に漢字を当てたもので、「宛字」に相当します。

それが昭和初期のころには、天気についても用いられるようになり、荷風はたまたまその言葉を、隣家から流れてくる大嫌いなラジオ放送の中で耳にして、思わず顔をしかめたという次第です。

  *撮影機材:R-D1+NOCTILUX-M50mm f1.0(2nd generation)
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by YOSHIO_HAYASHI | 2009-06-21 15:57 | 言語・文化雑考


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