2009年 07月 06日
「泥鰌(ドジョウ)」あれこれ (4)
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前回の記事に引用した『壒嚢鈔(あいのうしょう)』には、ドジョウの漢字表記として「」と「土長」が用いられていました。



前者は正字で、後者は漢字の字音を転用した宛字にあたるものです。ただしこの「土長」の表記も、当時は一般に通用していたことをうかがわせる資料があります。

戦国時代の公卿、山科言継(やましな・ときつぐ)が大永七年(1527)からおよそ50年にわたって書き継いだ『言継卿記』という日記の天文二十三年(1554)十一月二十七日の条に、次の記事が見えます。

 禁裏へ栗一蓋、土長鮓一折被進上。

「被進上」は「進上セラル」と読むべきもの。宮中に栗「一蓋(ひとふた)」とドジョウの鮓(すし)「一折(ひとおり)」が贈られたことを記したもので、戦国時代の天皇の窮乏ぶりが伝わってきます。

ちなみに「一蓋」というのは、物を贈る際に硯のふたを入れ物に用いたところから出た数え方。贈り物そのものを指して「ふた」と言うこともありました。また「鮓」は"なれずし"にあたるもので、当時はドジョウも鮓の種にされていたことを示す興味深い記事です。

それらのこととは別に、ここでもまたドジョウを表すのに、『壒嚢鈔』と同じく「土長」の表記を用いている点が注意されます。

「長」の字音は現代ではチョウですが、この時代にはチャウで、チョウとは発音が異なっていました。またヂとジについても発音の区別がありました。

上記の二文献がドジョウを表すのに「土長」の字音を宛てていること、また『壒嚢鈔』の「鯲」字に「トチヤウ」の読み仮名が付されていることなどから、室町時代のころまでは、この魚名の発音はドヂャウであって、ドヂョウ(ドデウ)・ドジャウ・ドジョウ(ドゼウ)のいずれでもなかったことが知られます。 (この項続く)

*撮影機材:R-D1+NOKTON classic40mm f1.4 (S・C)
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by YOSHIO_HAYASHI | 2009-07-06 06:20 | 言語・文化雑考


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