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2009年 07月 12日
「泥鰌(ドジョウ)」あれこれ (終)
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ドジョウに「どぜう」の仮名が用いられるようになるのは、さらに時代が下ってからのことです。



文政十三年(1830)に成立し、天保五年(1834)の跋文を持つ大石千引(おおいし・ちびき)編『言元梯(げんげんてい)』には、「鰌」の見出しに「ドゼウ」の読み仮名が施されています。またその注記に「泥髯」とあり、「ドロゼウ」の振り仮名があります(『疑問仮名遣』前編の記事による)。

これは、この魚名の語源に《泥(どろ)髯(ひげ)》を想定し、「髯」の字音ゼンをゼウとすり替えて「泥髯」の"湯桶読み"にあたるドロゼウからドゼウを導き出すという、まことに込み入った語源解を施したものです。

「泥鰌(ドジョウ)」あれこれ (終) _f0073935_166129.jpgこれはもはや奇説としか言いようがありませんが、この頃にはすでにドゼウの表記も行われていたことが知られます。

明治十七年(1884)に成稿を見た大槻文彦編『日本辞書 言海』には、「どぜう」の項に「どぢゃうの條を見よ」とあり、その條には左の画像に見るような記述があります。

語釈の前の[  ]内に示された語源注には、「常にどぜうト記スハイカガ」とあり、編者はこの仮名表記に疑問を呈していますが、「常に」とあることから、この表記が当時すでに通用のものであったことが知られます。

このことに関して最後に余談を一つ。

今回冒頭に掲げた画像の撮影場所は、これまでの浅草田原町飯田屋ではなく、駒形どぜう本店。3年ほど前にそこの入れ込み座敷で撮ったものですが、この老舗のサイトにはその店名に用いた「どぜう」の仮名の由来が次のように記されています。

暖簾の文字を「どぜう」としたのは、初代越後屋助七の発案で、文化三年(1806)の江戸の大火のために店が類焼した際に、「どぢやう」の四文字では縁起が悪いというので、当時の有名な看板書きに頼み込み、奇数文字の「どぜう」と書いてもらったところ、これが評判を呼んで店は繁盛。江戸末期には他の店も真似て看板を「どぜう」に書き換えたということです。

これに従うならば、「どぜう」の仮名表記は、上掲の『言元梯』よりも30年ほど前にはすでに存在し、このようなことがきっかけとなって流布したことになりますが、さて…。 (この項終わり)

  *撮影機材:RICOH GR-DIGITAL 28mm f2.4

by YOSHIO_HAYASHI | 2009-07-12 07:14 | 言語・文化雑考


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