2009年 07月 17日
「あきれる」という言葉 (1)
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平家物語』巻十一に次のようなくだりがあります。



主上ことしは八歳にならせ給へども、御年のほどよりはるかにねびさせ給ひて、御かたちうつくしく、あたりも照り輝くばかりなり。(中略)あきれたる御さまにて「尼ぜ、われをばいづちへ具して行かんとするぞ」と仰せければ、

壇ノ浦で平家一門が最期を迎える「先帝身投」の段。八歳という年よりは大人びて見える安徳帝が「尼ぜ(=尼御前)」と呼びかけているのは、出家した清盛の妻。その尼君が源氏方に捕らえられる前に、天皇を抱いて海中に身を投げようとしている場面です。

そんな事態に直面して、私をどこに連れて行こうというのか、と尋ねる幼帝の様子を「あきれたる御さま」と表現しています。

ここの「あきれたる」は、《意外な事態が起きてどうしてよいか分からないでいる状態》を表すものです。この用法を見ると、現代語の「あきれる」との間に、意味の面でいささかずれのあることに気付きますね。 
(この項続く)

画像は先日浅草の「ほおずき市」で撮ったもの。もちろん標題とは無関係です。

*撮影機材:R-D1+NOKTON classic40mm f1.4 (S・C)
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by YOSHIO_HAYASHI | 2009-07-17 06:37 | 言語・文化雑考


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