2009年 07月 18日
「あきれる」という言葉 (2)
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現代語の「あきれる」は、《あまりのひどさに驚き、どうしようもないと思う》意に用いられますが、ここには明らかに対象に対するマイナスの評価が加わっています。しかしこれは後代に生まれた意義要素で、この言葉に初めから備わっていたものではありません。



前回に引用した『平家物語』の「あきれたる」には、そのような評価の要素が含まれていないため、そこにわれわれはいささかの違和感を覚えることになります。

しかし、かつての「あきれる」には、マイナスどころか、逆にプラスの評価が加わることもありました。

『時代別国語大辞典 室町時代編』には、室町時代の御伽草子『文正草子』に出る次の例が引かれています。表記に多少手を加えて引用します。

楽の音耳に入りければ、杖を捨て、あきれたる体にて御堂の内へ入り、管弦を聴聞する。まことに面白く、殊勝なる事、身の毛もよだち有り難し。

ここに用いられた「あきれたる」は、《対象(ここでは音楽)のあまりの素晴らしさにあっけに取られ、我を忘れて茫然とする》様子を表したものです。

「あきれる」という動詞は、ここに見るように、通常とはかけ離れた状態にある対象への驚きを表す言葉で、その状態の良し悪しを特定するものではなく、場合によっては良い状態についても用いられることもありました。それが後に意味の特定化が起こり、もっぱら悪い状態について言うのに用いられるようになったというわけです。  (この項続く)

*撮影機材:R-D1+NOKTON classic40mm f1.4 (S・C)
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by YOSHIO_HAYASHI | 2009-07-18 05:29 | 言語・文化雑考


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