2009年 07月 19日
「あきれる」という言葉 (3)
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「あきれる」にマイナスのニュアンスが生まれたのは、中世後期以降のことと思われます。



上の画像は、朝鮮李王朝時代、日本との交易や外交交渉の際に通訳の任にあたる「訳官」を養成するための日本語教科書として編まれた『捷解新語(しょうかいしんご)』巻四からのもの。当時の口語体による対話形式で綴られた本文に、そのような使用例を見ることができます(京都大学文学部国語学国文学研究室刊行の影印本本文による)。

ちなみに、著者の康遇聖(カン・ウソン)は、秀吉による「文禄の役」(韓国では「壬辰倭乱」と呼ぶ)の際に12歳の身で捕虜となって日本に送られ、大阪付近で10年を過ごす間に日本語を習得した人物。彼の手になる原刊本(1625年以降の成立)本文には、中世後期日本語の特徴がよく表れています。

その第十一丁表五行目以降には次のようなくだりが見えます(句切・濁点は拙著『四本和文対照 捷解新語』<専修大学出版局>による)。

さてさて あきれた おしらるやうかな ごじっそく いれた こうもくお みな ひお いれて いかが めそうと こころゑさしらるか

ここは、公貿易で取引される木綿にあたる「こうもく(公木)」の品質をめぐって、日朝両国の役人が互いに論難をする場面。木綿の品質に対する日本側役人のクレームに対して、朝鮮側役人が「あきれたおしらるやう(おっしゃり方)かな」と応じています。

同様の表現は、これに続く詞の中にも出てきます。

みぎのやうに おしゃッて はても ない ところお あきれて どうもこうも申されんが

対する日本側役人は、相手がこの言葉を使ったことに反論して次のように言います。

あきれたなどと おしらる ところ なにとも ふしんにこッそ御ざる

上記の例に見える「あきれた・あきれて」は、それぞれ相手側の言い分の不当さに驚く意を表すもので、いずれにもマイナスの意味要素が含まれていることは明らかです。

なお、上記の本文に施されたハングルによる訳文には、3例いずれにも中世朝鮮語の副詞 어히업시 《とんでもない・ばかげた・思いがけない》が用いられていて、上記の事実を支える傍証とすることができます。 (この項続く)
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by YOSHIO_HAYASHI | 2009-07-19 07:19 | 言語・文化雑考


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