2009年 08月 07日
「み」あれこれ (終)
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古代語には、《低い》の意を表す語としては、「ひくし」はもちろん「ひきし」も存在せず、それに相当する語として、和文では「みじかし」「ちひさし」などが用いられました。



10世紀末頃の成立とされる『枕草子』(三巻本)に次の例があります。

みじかくてありぬべきもの。とみのもの縫ふ糸。下衆女の髪。人の女の声。燈台。

「みじかく」ありたいものとして、急いで物を縫う時の糸の長さと、身分の低い女の髪を例に挙げた後に、さらに二つの事柄が示されています。

最後の「燈台」は室内用の燈火のこと。燭台の高さの低い方が、手元のものを見るのによいというわけです。ここではその高さを言うのに「みじかし」が使われています。

もう一つの同様の例として、「人の女の声」が挙げられているところにも注意すべき点があります。「みじかい声」と言えば、われわれには「ながい声」に対する表現のように思われますが、ここは「たかい声」に対するものと解すべきです。

このような文脈では、われわれには「みじかい」よりも「ひくい」の方がふさわしく思われます。しかし作者はこの言葉を使っていません。なぜそうなのかと言うと、当時はまだ「ひきし(ひくし)」という形容詞が生まれていなかったからです。

f0073935_11524139.jpg一方、漢文訓読文では「ひきなり」が用いられました。鎌倉中期に書写された漢字字書『観智院本類聚名義抄』には、左の画像にあるように、《こびと》の意を表す見出し字「侏儒」の項に、「ヒキウト」(低人)や「タケヒキ」(丈低)などとともに「ヒキナリ」の和訓が見えます。

「ひくい」という形容詞は、この「ひきなり」から生まれたものです。

「ひきなり」は、文法的には形容動詞にあたるものですが、これが後に「ひきし」の形の形容詞に転じ、それがさらに「ひくし」に変わって現代語の「ひくい」に至ったというわけです。

本道の「み」から脇道の「ひくい」に入り込んだ話題も、これでようやく終わりとなりました。

*撮影機材:RICOH GR-DIGITALⅡ 28mm f2.4
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by YOSHIO_HAYASHI | 2009-08-07 07:53 | 言語・文化雑考


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