2009年 08月 18日
古い看板から(2)
f0073935_6265786.jpg
現代では「徽章」がすでに死語に近いことを昨日書きましたが、私たちが学校の生徒だった時分には、この漢語がまだ生きていました。ただしそれはあくまでも音声言語としての「キショー」であって、文字言語の「徽章」を使用していたわけではありません。私たちにとってそれは学帽に付ける校章を指す日常の言葉でした。



「徽章」というのは、本来は《旗印》とか《目じるし》の意味を表す中国の言葉ですが、日本では《身分や所属などを表すために帽子や衣服などに付けるしるし》を指すものとして、明治以降に使われるようになりました。

『日本国語大辞典』(第二版)には、その古い例として、明治十五年(1882)一月十日発行の「朝野新聞」の次の記事が挙げられています。

陸軍省にては本月より軍人軍属の区別を改正せられ軍人のみ徽章ありて、軍属は一般無徽章

また二葉亭四迷の『浮雲』(1887-89)には次のようにあります。

金鍍金(きんめっき)の徽章を附けた大黒帽子を仰向(あおむ)けざまに被った年の頃十四歳許(ばかり)の、栗虫のやうに肥った少年で…

ここでは、私たちが使っていたのと同じ意味にこの言葉を用いています。なお「大黒帽子」とあるのは、当時はまだ「学帽」という呼び名がなかったからでしょう。

「徽章」はおそらく軍隊で用いたのが始まりで、それが後に学校にも取り入れられ、多くは《帽章》を指す言葉として使用されるようになったものと思われます。

ただし、昨日の看板の写真には「団体徽章」とありましたから、一方では「バッジ」を指すのにも用いられたことが知られます。それがやがてこの西洋語に圧倒されて、現代ではほとんど通用しない言葉になってしまいました。

今日の花写真は白い色が目立ちます。ついでに同系色の城尾さんにも一枚加わってもらいました。
f0073935_627195.jpg
f0073935_6274433.jpg
f0073935_6392277.jpg
f0073935_6282580.jpg
f0073935_6293436.jpg

  *撮影機材:RICOH GR-DIGITALⅡ 28mm f2.4
[PR]

by YOSHIO_HAYASHI | 2009-08-18 06:28 | 言語・文化雑考


<< 今朝の散歩道から      古い看板から(1) >>