2009年 09月 03日
「一家言」ということば (2)
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昨日の記事で触れたように、「一過言」という意味不明の幽霊語が生まれたのは、「一家言」がその本来の読みにあたる「いっかげん」ではなく、誤って「いちかごん」「いちかげん」などと読まれ、それが誤変換された結果によるものと考えられます。さらにこの例は、一般化した誤表記の中にはこのような漢字変換システムが契機となって生まれたものもあることをわれわれに教えてくれます。



ただしそうは言っても、その誤りの根底にあるものは、やはり人間の言語に対する認識のあり方です。

三字漢語の読みは、その語の構成によって左右されることがあります。たとえば《ちらりと見る》意を表す「一見」は、二字漢語では「いっけん」ですが、《ひとかどのものの考え方》の意を表す「一見識」においては「いちけんしき」であって「いっけんしき」ではありません。なぜならば、この三字漢語の構成は、それがすぐれたものであることを表す「一(いち)」に「見識」が結び付いた「一+見識」の形で生まれたものであって、「一見(いっけん)」に「識」が付いたものではないからです。

しかし問題の「一家言」の語構成は、これとは異なります。こちらは《独自の存在》の意を表す「一家(いっか)」に《意見・見解》の意にあたる「言(げん)」が結び付いてできたものですから、「一家+言」と分析するのがふさわしい。そのことは、この熟語が分離して「一家の言」の形で用いられることからも明らかです。

「いちかごん」などの読みは、この熟語を「一+家言」と分析したことから生じた誤りです。しかしそもそも「家言」などという漢語は存在しませんから、パソコンは自らの漢字辞書の中からこの読みに該当する「過言」を探し出し、これを用いて「一過言」という幽霊語を作成するに至ります。結局間違いをしでかしたのはパソコンではなく人間だったというわけです。 (この項終わり)

ゆえあって(笑)、新たにデジタル一眼レフを購入し、昨日それが届きました。今朝はそれを提げて試し撮りを兼ねた散歩に出ました。昨日のネコ一家を撮るのが楽しみだったのですが、あいにく一匹も見えません。その代わりに、これもすでに顔馴染みの茶虎がのっそりと姿を現しました。見ると急所の喉元に手ひどい傷を負っています。かなり出血した様子ですが、そんなことにめげるようなノラではなさそう。一家のために用意していった名刺代わりを与えて、数枚撮らせてもらいました。
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  *撮影機材:PENTAX K-7 +SIGMA17-70mm f2.8-4.5 DC MACRO
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by YOSHIO_HAYASHI | 2009-09-03 07:01 | 言語・文化雑考


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