2009年 10月 05日
「しさる(退)」あれこれ (5)
f0073935_6223093.jpg「しさる」の第2拍清音の例は、『日葡辞書』とほぼ同時代の日本語が記された「朝鮮資料」にも求めることができます。



左の画像は、朝鮮李王朝時代に日本語教科書として編まれた『捷解新語』原刊本巻九からのコピーです。

著者の康遇聖(カン・ウソン)は、1581年に慶尚南道晋州に生まれ、1592年、秀吉の朝鮮侵攻(「壬辰倭乱」)の折に12歳で捕虜となって日本に送られ、大阪付近で10年を過ごした後、家康の捕虜送還事業により母国に帰還した人物です。この文献には、彼が捕虜時代に習得した中世末期ごろの日本語の特徴が認められます。

ここに見る日本語文の最後の2行は、「ならうほと あとゑ しさるやうに 御さて」とあり、その発音を示すために仮名の右傍に振られたハングルによって「ナロウホド アトエ シサルヨウニ ゴザッテ」と読まれたことが知られます。

この文献では、上の画像に見るように、「しる」と「御て」の二つの「さ」に対して異なるハングル注音が施され、それが清濁の相違に対応しているので、ここに用いられた「しさる」は、これまでの文献に見られたのと同様に、その第2拍は清音であったと見なすことができます。 (この項続く)
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by YOSHIO_HAYASHI | 2009-10-05 06:26 | 言語・文化雑考


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