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2006年 03月 31日
こぶし(辛夷)【続】
こぶし(辛夷)【続】_f0073935_80369.jpg 前回の記事の中で、かつてはコブシの実が食用に供されていたことに触れました。記事をブログに上げた後、それがいつ頃までそうだったのかを確かめたくなり、『邦訳日葡辞書』(1603)を調べてみたところ、次のような記述がありました。
  Cobuxi. コブシ(辛夷) ある薬草の根.
  この辞書は、室町期の日本語について調べる場合などには絶大な効力を発揮しますが、草花の名などに関する語義解説は、ここに見るように、いたって簡略に済ませるのが通例です。そればかりではなく、時に誤った解説がなされていることもあります。

 コブシに関するこの解説も、そのような事例に属するものの一つです。どう考えてもコブシを「薬草」とするのは変だし、コブシの有効成分は、「根」ではなくて「実」にあるはず。前回引用した『和名抄』には「其ノ子(=実)、之ヲ噉(くら)フベシ」とあり、実を食用としたことを示しています。日葡辞書の記事は、明らかにコブシを何か別の薬用植物と取り違えたものです。
 この誤りがどういう事情によって起きたのかはわかりません。しかしそれでもなお、中世末期まではコブシが薬用殖物として認められていたことを示している点には、注目すべきものがあります。

 ところで、コブシの漢字表記に「辛夷」を用いるのは、ツクシを「土筆」、クルミを「胡桃」と書くのと同じく、中国製の熟字を和語の表記に流用したものです。ところが、『日本国語大辞典(第二版)』によれば、「辛夷」というのは、本来はモクレンの漢名だったもので、それを日本ではコブシの漢字表記に慣用的に用いたとあります。

 コブシとハクモクレンの酷似性は、なんと、この花の漢字表記にまで及んでいたわけです。

(この写真は、記事の内容とは一応無関係ですが、強いて関連性を求めるならば、屋根の白と車体の茶色がコブシを連想させたということになりましょうか。俳諧の「付け」の手法と似てますね)

 *撮影機材:R-D1+NOKTON classic SC 40mm f1.4

by YOSHIO_HAYASHI | 2006-03-31 08:24 | 言語・文化雑考


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