2006年 05月 15日
「芭蕉サミット」に参加しました (その1)
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  【千住大橋橋詰テラスにて】

芭蕉の縁につながる自治体の持ち回りで毎年開かれるこの催し、19回目にあたる今年は、「奥の細道」の旅に出る芭蕉が、深川から乗った船を下りて見送りの人々と別れを惜しみつつ旅路についたゆかりの地、東京足立区千住で、5月13・14日の両日にわたって開かれました。




そのイベントの一環として、芭蕉が心血を注いだ連句を愛好する地元グループが、サミット会場の北千住駅前「シアター1010」11階ギャラリーにブースを開き、誰でも飛び入りで参加できる「笠着(かさぎ)連句*1」を興行しました。私も、その助っ人を務める「季語研究会」会報編集者丁那さんからのお招きにあずかり、二日目の催しに参加してきました。以下、その模様を画像でお伝えします。

*1(注)通りがかりの人が、かぶったたまま、臨時に連句の座に連なることを表す名称。ちなみに、近世ごろまでの日本語では「着る」の意味領域は広く、「笠」についても「かぶる」ではなく「着る」を用いた。《権威を利用して他に圧力を掛ける》意を表す慣用句「笠に着る」もその一例。また、芭蕉門下の嵐雪(1654-1707)の俳句、「蒲団着て寝たる姿や東山」における「蒲団(を)着る」にもこれと類同の用法が見られる。
なおまた、現代韓国語でも、「帽子」「笠」「蒲団」「眼鏡」などについて、それらを身に付けることを表すのに共通の動詞"쓰다”(ssuda)が使われ、日本の古用との共通点が認められる。

f0073935_11443543.jpg二日目のイベントの一つとして、芭蕉の旅立ちの足跡をたどる水上ツアーが催されました。

参加者は4艘の屋形船に分乗し、午前10時から次々に江東区小名木川(おなぎがわ)河畔の高橋(たかばし)乗船場を出発、約1時間の船旅を体験した後、千住新橋近くの船着き場に到着しました。それぞれの舟には芭蕉に扮した地元の案内係が乗り込み、ガイド役を務めました。

ちなみに、芭蕉の供をした曾良の「随行日記」には、「巳(=元禄2年)三月廿日*2日出」に深川を出船し、「巳ノ下尅(=午前11時半ごろ) 千住ニ揚ル」とあります。新暦では5月9日にあたる当日の日出時刻を午前4時45分ごろとすると、千住に上陸するまでにほぼ7時間を要したことになります。

*2(注)『奥の細道』では、旅立ちの日を「弥生も末の七日(=3月27日)」としており、「随行日記」の記事とは7日のずれがある。これについては、曾良の誤記、芭蕉の虚構、の両様の解釈がある。

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下船後間もなく、芭蕉サミット開催を記念する「奥の細道 矢立始めの地」碑の除幕式が執り行われました。こちらも芭蕉に扮した足立区長以下が紅白の綱を引くと、するりと落ちた白布の下から新造の記念碑が姿を現しました。
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(未完)

*撮影機材:
R-D1+NOKTON classic SC 40mm f1.4
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by YOSHIO_HAYASHI | 2006-05-15 10:17 | 身辺雑記


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