2006年 07月 28日
中世の文献に「やはり」の第二音節がワ行に転じた「やわり」の例が見えることを、「やはり(9)」の項で触れました。 このように、いったんは語中尾のハ行音がワ行に転じた形跡があるのに、現代ではそれがハ行音の形を取っているものとして、すでに「すあま」の項で「ひはだ(檜皮)」「けはい(気配)」の例を取り上げましたが、「やはり」もまたこれに類するもののように見えます。 そこでは、このような現象が起きる原因として、問題の語が日常語の世界からいったん姿を消して廃語となった後に、何かのきっかけで文献の中からよみがえった際に、その仮名表記にもとづいて古形が復元される結果を生じたということを想定しました。また、その際には漢字表記もこれを支える要因となることにも触れました。 しかし「やはり」の第二音節がなぜハ行音なのかについては、これではうまく説明ができません。 「やはり」が「やわり」「やっぱり」などの形に転じた後にも、「やはり」が一方で依然として日常語に用いられていたことは、「やはり(11)」のところで挙げた『かたこと』の記述からも明らかであり、これがいったん廃語になったと想定するのは現実的ではありません。 では、当て字と見られる「矢張」にもとづく民俗語源意識が、「やはり」のハ行音を支えてきたと見るのはどうでしょうか。 このことを主張するためには、この漢字表記が古くから用いられていたことが前提になります。しかしこの表記は、、それほど古くから用いられたものとは思われません。 これもすでに触れたように、上記の『かたこと』には「やはり」の語源を「矢張」に求める説が見えますが、これは「矢張」が当時一般に使用されていたからではなく、逆に語源を説明するためにこの漢字表記を臨時に想定したものと見るべきです。 これも以前に「すあま」のところで使用したことのあるヘボンの『和英語林集成』を見ると、初版(1897年)・第三版(1886年)ともに、YAHARIの項では、その漢字表記に「仍」を掲げるだけで「矢張」は登載されていません。 一方、大槻文彦の『言海』(1884年成稿)では、「やはり」の見出しの下に「矢張」の漢字表記を掲げ、[彌張(ヤハリ)ノ意ニモアラムカ]とする語源説が示されています。さらに語釈の後に、別の用字として「依然」が掲げられている点も注意されます。 *撮影機材:R-D1+COLOR-HELIAR75mm(MC) f2.5
by YOSHIO_HAYASHI
| 2006-07-28 11:56
| 言語・文化雑考
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