2006年 08月 14日
「蟻の兵隊」を観てきました
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昨日、最近ではほとんど行くことのなくなった渋谷の街まで足を伸ばして、先日このブログのコメントで hisako_baaba さんに教えて頂いた映画「 蟻の兵隊」を観てきました。



映画を補完する資料として「私は『蟻の兵隊』だった」(岩波ジュニア新書)を持参し、電車の中から上映を待つまでの間に読み終えました。

本を読み映画を見終えてまっ先に浮かんだのは、「売奴」ならぬ「売奴」という言葉でした。

中国山西省に駐屯していた日本軍が降伏し、戦犯として訴追されようとしていた澄田軍司令官が、中国国民軍の閻錫山司令官と密約を交わし、部下の将兵約2600人を国民軍の手先として売り渡して、「祖国復興」の美名のもとに共産軍との戦争に参加させ、旗色悪しと見るや自分は部下を見捨て、偽名を使って日本に逃げ帰り、あまつさえ、国会で参考人として、兵士たちは自主的に国民軍に加わったのだという証言までする。その結果、帰還した奥村さんたちの戦後補償の訴えは、門前払いの形で却下される・・・。

本と映画から得た情報の概略は、およそこのようなものです。

この映画は、そのような"蟻の兵隊"の一員だった奥村和一さんが、澄田に代表される卑劣な"高級軍人"たちに裏切られた無念を晴らすために、80歳を過ぎるまで勇気を持って闘ってきた、その映像記録です。

映画のカメラは、おのれの贖罪と、国民軍との密約の証拠探しに中国に渡った奥村さんのあとを追いながら、初年兵教育を受けさせられて"鬼"と化した自らが中国人を刺殺した処刑現場を訪れる場面や、娘の時に日本兵から辱めを受けた老婦人が証言する姿を淡々と撮影します。

その婦人が、中国での行為をその時点では奥さんにも話していなかった奥村さんに向かって、「今のあなたは決して悪い人ではない。戦争が悪いのだ。戦争についてあなたも家族に話してください」と静かに語りかける場面が心に染みました。

カメラは最後に、靖国神社の前でアジ演説をぶつ小野田元少尉の姿をとらえます。奥村さんに、「あなたは戦争を美化するのですか」と詰め寄られた彼の表情が、みるみる憤怒の形相に変じます。それはまさに"鬼"の面です。

映画の冒頭、靖国神社に初詣に来た高校生の年代ほどの女の子たちが、焼きそばを頬張りながらインタビューにあっけらかんと答える場面があります。彼女たちは、靖国神社そのものがどういう場所なのかさえも知りません。

あったことをなかったことにしようとしている勢力には、こういう人たちに次の世代を担ってもらうのが好都合なのです。そのような勢力にとってこの映画は、多くの人の目に触れて欲しくない作品でしょう。

お盆休みで人出の少ない時に行けば並ばなくても済むだろうというのが私の狙いだったのですが、その目論みは見事にくつがえされました。シアター イメージフォーラムという小さな映画館には、長い行列が出来ていました。今月の18日が上映最終日になります。

観客は年配の方々が多かったのですが、私は戦争を知らない若い世代にこそこういう映画を観てもらい、戦争を推し進めようとする者たちの醜さを知ってほしいと思います。

白を黒と言いくるめ、あったことをなかったことにしようとする勢力の手先が作る教科書の採択を画策したり、安っぽい劇画なんぞにあっけなく洗脳されて戦争美化に荷担したりするような浅はかな人間がこれ以上増え続けるのはもうごめんです。
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by YOSHIO_HAYASHI | 2006-08-14 06:17 | 身辺雑記


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