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2006年 08月 29日
地口行燈 #8-5
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地口の後半「三升五合」が「遍照金剛」のもじりであることは、すでに記しました。



「へんじょう(遍照)」を「さんじょう(三升)」ともじったのは、取り立てて言うほどのものではありませんが、「金剛」を「五合」としたところには注意すべき点があります。

「五合」が「こんごう(金剛)」のもじりであるからには、この「五合」はゴゴウではなしに、ゴンゴウと撥音の加わった形でなければなりませんね。

尺貫法の廃止という文化的抹殺が行われた結果、枡で量る「合」の単位は、現代では居酒屋などに辛うじて生き残っているほかは、すっかり計量カップの" ml "の目盛りに独占されて衰亡の憂き目を見る時代になってしまいました。

この単位が生活に根を下ろしていた当時は、この地口に見られるように、「五合」の日常的発音はゴンゴウでした。これは酒などを量る単位だけでなく、登山路の行程を表す「五合」についても同様です。

後に初代選者の名を取って「川柳」と呼ばれる、江戸期の「前句付(まえくづけ)」を集めた『誹風柳多留(はいふう やなぎだる)』第四十七篇(1809年刊)には、こんな句が収められています。

 五合でもふいけねへと富士同者   梅鳥

富士山の五合目で歩けなくなって、「もふいけねへ(=もういけねえ)」とあごを出してへたばっている富士参詣者の情けない姿をからかった句です。「同者」は「道者」が本来の表記で、連れだって寺社や霊場を巡り歩く旅人を指す江戸のことばです。

この「五合で」は「五合目で」の誤りではありません。当時は「目」を付けずに用いていたことを示す例です。その場合、「五合」はゴゴウではなくてゴンゴウだったから、これに「で」を加えて上の句の五音にうまく収まったわけですね。

ところで、このようにゴゴウに撥音ンが加わったのはなぜでしょうか。

数え読みで「五合」の前に来る「三合」・「四合」が、それぞれサンゴウ・ヨンゴウと、撥ねる音を含む4音節が続くので、それに引き寄せられて「五合」もゴンゴウと撥ねるようになった、こんなふうに説明するのが私にはよさそうに思われます。

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*撮影機材:R-D1+Travenar90m/m f2.8
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by YOSHIO_HAYASHI | 2006-08-29 07:49 | 言語・文化雑考


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