2006年 10月 23日
タヌキ追跡 #2 【写真追加】
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昨日の芭蕉句に出る「狸の糞」は、これとよく似た、しかしまったく別のものを指す名称として用いられたこともありました。



『日国』(第二版)「たぬき【狸・貍】」の子見出し「たぬき の 糞(くそ)」には、次のようにあります。
 あずき餡に糖蜜をかぶせた干菓子。石衣(いしごろも)の下等品をいう。
用例には円朝の『真景累ケ淵(しんけいかさねがふち)』(1869頃)が引かれているので、この俗称は江戸末期ごろに通用したものと思われます。

また「いしごろも【石衣】」の項には次のようにあります。
 和菓子の一つ。あずきのあんを小さく丸め、糖蜜の衣で包んで固めたもの。
こちらには永井龍男の『朝霧』(1950)における使用例が引かれています。

ここに「あずきのあんを小さく丸め」とあるのが、前掲の「狸の糞」なる名称の依って来たるゆえんでしょうね。このものにも、それにたとえられた本元にもお目にかかったことはありませんが、ともに小さくてころころしたものであろうことは想像に難くありません。

ちなみに「石衣」をネット検索に掛けてみたら、和菓子関係のページでその写真を見ることができました。しかしこちらは狸の糞とはほど遠い、極めつきの"上等品"でした。

それにしても、いかに「下等品」とはいえ、口に入れる甘い物に対して、よくもまあ思い切った名前を付けてくれたものだと、お江戸のブラックユーモアにほとほと感じ入りました。

それはともあれ、このような比喩が社会に受け入れられたというのは、その本家筋の一件がさほど珍しいものではなく、どこにでもざらに転がっていたものであったことを教えてくれます。そういえば、そういう意味合いに用いられる「犬の糞」にしてからが、当今では道端で出会うことが珍しくなりました。衛生思想や公衆道徳の威風におそれをなして、そのつたない姿を消しつつあるのでしょう。

芭蕉さんの時代には、まだこの名称はなかったでしょうから、昨日引用した句に出る「狸の糞」をこれに見立てたりしたら、奇解珍説として一蹴されるのは糞を見るよりも明らかですが、そういう悪戯もついでにやってみたくなるような気を起こさせる翁の第三ではあります。


今朝の散歩道には、昨夜の名残雨が思い出したようにぱらついていました。猫にとっては嬉しくない天候なのでしょう、ほとんど姿を見かけませんでした。わずかに、いつも出会うクロの片割れだけが、猫小路から少し離れたところで、飼い主の知らないようなしたたかな求餌行動を展開していました。

初冬の季語ツワブキの花が開きはじめました。冬はもうすぐそこまで来ているのですね。
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別記 上記とはまるで"付かぬこと"(これも連句から出た表現ですね)ですが、今朝拝見したブログ「5号館のつぶやき」日本ハムと愛国心のページで、stochinai さんが「愛国心」について分かりやすい比喩を用いて述べておられます。私もまったく同感です。

*撮影機材:R-D1+NOKTON classic40mm f1.4 (SC) (1枚目)
        R-D1+NOCTILUX-M50mm f1.0 (2nd generation) (2-4枚目)
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by YOSHIO_HAYASHI | 2006-10-23 07:43 | 身辺雑記


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