2006年 11月 08日
タヌキ追跡 #15【加筆アリ】
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昨日取り上げた『更級日記』にネコが登場する場面の「いとなごうないたる」に話を戻します。



この「なごう」が、「ニャーゴゥ」というネコの鳴き声を写したものだったりすると、話がにわかに面白くなるのですが、残念ながらその可能性はゼロです。

仮にこれがそのような擬音語だとしたら、この文には「なごうないたる」のように、それがネコの声の引用であることを示す助詞の「と」がなければなりません。

ひょっとしたら、"弘法も筆の誤り"、定家が迂闊にも書写の際に「と」を書き落としたもので、原本にはこれがあったのではないか、ということも想定されるかも知れません。しかし仮にそういうことがあったとしても、そうすると今度は、「なごう」の前に立つ「いと」《たいそう》の存在が宙ぶらりんになってしまいます。

もしも「いと」が「なごう」にではなくて「ないたる」にかかるものであれば、その難点から逃れることはできますが、副詞「いと」が「鳴く」のような動詞を修飾する例は見たことありません。この副詞には、形容詞や形容動詞のような、状態を表す語をもっぱら修飾する性質が備わっているからです。したがってこの仮説もまた、文法面からは認められません。

文法なんてそんな堅いこと言わないで、「と」ぐらいなくてもいいんぢゃないの? という考えは、ふと浮かんだ面白い思いつきを捨てたくなさのあまりに、冷静な判断を放棄してしまう自己陶酔流家元ナルキッソス君の甘えであり、ことばに内在する体系の見事さへの感嘆と畏れを知らない猪武者の寝言のようなものでもあります。そういうお方はよく、文法にも例外がある、などという筋に助けを求めたがるものです。

ところで、ひとむかし以上前の注釈書などでは、ここに出る「なごう」を「長う」の音便形と見て、このくだりを「たいそう長鳴きをしている」と解釈していたことがあります。

確かに現代語ならば「長う」はナゴウと読まれますから、それでもよさそうに見えますが、この判断は平安時代の言語には通用しません。

平安時代以降、「ながく」が音便化して「ながう」の形を取ることもあったのは事実ですが、「ながう」と「なごう」とは本来発音が異なるものであり、これが同じ発音になるのはおよそ江戸期以降のことです。これに類する問題は、さきにセウ(簫)とシャウ(笙)のところで取り上げたばかりでしたね。

定家の生きた鎌倉時代にもまだ「ながう」と「なごう」の発音には区別がありましたから、彼が「が」を「ご」に改めて書写するというような可能性はほとんどゼロに近いと見てよいでしょう。昨日出てきた「を」「お」の問題とは次元を異にします。

したがってここに出る「なごう」は、形容詞「なご(和)し」の連用形「なごく」が音便化したものと解くのが的を射た解釈になります。現代語には「なごい」という形が伝えられていないので、何やら違和感を覚えますが、同時代の他の文献にもこの形容詞の使用例が見えるし、何よりも現代語の「なごやか」や「なごむ」の「なご」にその血脈(ケチミャク)の伝えられていることが、かつて確かに存在したやまとことばであることの証明になります。

10日から学会で岡山に出かけてきます。私的な研究会での発表の準備と、出版を間近にひかえた最終校正の仕事がかさなり、ネコの手も借りたい状況にあります。本日の朝の散歩は取りやめにしたので、ネコ写真の代わりに吉祥寺の街歩き写真に代役を勤めてもらうことにします。
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*撮影機材:R-D1+NOKTON classic40mm f1.4 (SC) (1枚目)
      RICOH GR-DIGITAL 28mm f2.4 (2-7枚目)
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by YOSHIO_HAYASHI | 2006-11-08 07:41 | 言語・文化雑考


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