2007年 03月 20日
なんでボケなんて名前なんでしょう (その3) 【加筆アリ】
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いったい、ボケはいつごろから始まったのでしょうか。



あ、いかん、これでは人間のことのように聞こえてしまいますね(^^;
仕切り直します。

昨日の記事に記した、モケボケに転じた時期というのは、およそいつごろのことだったのでしょうか。

「日国」(第二版)には、鎌倉末期に成立した説話集『雑談集(ぞうたんしゅう)』(1305)の次の例が筆頭に掲げられています。

 転筋の病には、木瓜あぶりてさすりなづれば兪(い)ゆ

しかし、この漢字表記が、当時まちがいなくボケと読まれたかどうかは不明なので、これを確証にすることはできません。

この文献より遅く、室町中期のころに成立した、『文明本節用集』には、ホ部「草木門」に「木瓜」が収められ、こちらは明らかにボケという読み仮名が施されています。

また、1603年にキリシタン宣教師たちが長崎で刊行した『日葡辞書』にも次のようにあります。

Boqe.ボケ(木瓜) 山野の灌木の一種.また,この木の花. Boqe iro (木瓜色) この花の色のような赤色,または,淡紅色.  (日本語表記は『邦訳日葡辞書』<岩波書店>による)

当然ながら、蕉門俳諧にもボケが姿を見せます。
次の例は、芭蕉がまだ「桃青」の俳号を用いていたころ、天和元年(1681)に興行された二百五十韻の中の百韻「春澄にとへ」の巻に出る付合です。

    忍びふす人は地蔵にて明過し    桃青    *「地蔵」=地蔵堂
     木槿のまなじり木瓜の唇      揚水

このあたりは恋句の付合で、運びの面白いところ。
美人の形容に「芙蓉のまなじり丹花のくちびる」という成句があり、揚水の短句はそれをもじったもの。夜が明けてから、連れ出した女人の顔をよく見たら、案に相違した顔つきであったという次第。「木槿(ムクゲ)」も「木瓜」も、あまり嬉しくないたとえに用いられており、その「木瓜」には、ボケの振り仮名が施されています。

これらの例からすれば、木瓜の和名がモケからボケに転じたのは、遅くとも室町中期以前、早ければ鎌倉末期のころと見ることができます。

なお、木瓜の漢字表記は中国で作られたものであることは、昨日の『和名類聚抄』に『爾雅』の記事が引用されていることから明らかですが、この木の実の形が瓜に似ているところから、《木になる瓜》の意を表すこのような熟字が考え出されたのでしょう。

これが日本固有の植物だったら、ひょっとすると木偏に瓜という国字が作られたかもしれませんね。なお、『大漢和辞典』の索引をざっと見た限りでは、そのような字は見あたりませんでしたが、なにしろ相手はゴマンとある漢字。古辞書類をよく調べれば見つかるかもしれないので、迂闊なことは言えません。この件に関しては宿題とさせていただきます。(この項、まだ続きます)

今日の最後の画像は、桜の枝。つぼみはだいぶ太ってきましたが、まだほころびるところまでは行ってません。私も気象庁にならって、これからしばらく定点観察を続けることにします。
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*撮影機材:R-D1+NOCTILUX-M50mm f1.0(2nd generation)
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by YOSHIO_HAYASHI | 2007-03-20 05:42 | 言語・文化雑考


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