2007年 07月 12日
ズワイガニあれこれ(2)
f0073935_746270.jpg  能登訛りほのとこうばく蟹を売る       宮崎鸞如

前回の記事に寄せていただいたkokichi50さんのコメントにあった、ズワイガニの雌を指すコウバクガニ、それを詠んだ句です。「ほのと」は《ほんのりと》の意で、蟹売りの声に能登訛りがかすかに含まれているさまを言ったものですね。



前の記事で、ズワイガニのズワイの歴史的仮名遣いが明確でないことに触れましたが、これには語源の問題がからんでいます。

このズワイというのは、《木の枝や幹から突き出したように伸びている細い小枝》の意を表す古語の「すはえ(楚)」から出た「すわえ」の語末が、母音交替によって「すわい」になり、さらにその語頭が濁音化して「ずわい」になったものと考えるのがよさそうです。

確かにズワイガニの脚は太い枝から突き出した細枝のようですから、そこからこのような名称で呼ばれるようになったと見るのは理に叶っているように思われます。

この語源説が正しければ、ズワイガニの歴史的仮名遣いは「ずはいがに」とするのがよいことになりますが、その確証が得られないので、辞典類や歳時記では、この語の仮名遣いを未詳として扱っているわけです。

ところズワイガニの語源とは別に、《細い小枝》を意味するズワイの語頭が、古くは濁音ではなく清音のであった点にも別の問題が含まれています。

上記の「すわえ」が「すわい」の形を取って文献に姿を見せるようになるのは、15世紀後半以降のことですから、そのころまでにはすでにスワイの語形が成立していたものと認められます。そしてさらにその後、今度は語頭が清音スから濁音ズに変わってズワイの語形が生まれたと考えることができます。

以前にも参照したことのあるキリシタン文献『日葡辞書』(1603-04)には、この二つの語形がともに採録されています。『邦訳日葡辞書』<岩波書店>によってその二項を引用しましょう。

 Suuai.スワイ(楚) 木の小枝,あるいは,細枝.

 Zuuai.ズワイ(楚) あるいくつかの地方において、樹木の細枝,または.若枝を言う.
              本来の正しい語は Suuai(楚)である.


これらの記事から、キリシタンたちが当時の日本の標準語と見なしていた京都語では、まだ清音形のスワイが用いられていたこと、それから、ズワイという語形は京都以外の地方に用いられる方言であったことを知ることができます。

残念ながら、ズワイの語形がどの地域で用いられていたものかという点までは解りませんが、かりにズワイガニのズワイの語源がこれであったとすると、本来は地方の呼び名であったものが現代まで伝わったものと見ることができそうです。
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 *冒頭の画像は"ポスフール「お中元」e-ショップ"のページより転載。
 *撮影機材:R-D1+NOCTILUX-M50mm f1.0(2nd generation)
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by YOSHIO_HAYASHI | 2007-07-12 07:46 | 言語・文化雑考


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