2007年 07月 24日
肝心カナメ(5)
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前回引用した『大蔵卿行宗卿集』の冒頭には、この歌集の成立した年代を示す「長承元年(1132)十二月」の文字が見えます。



この年には、平清盛の父忠盛が、鳥羽法皇のために三十三間堂を造営し、その恩賞として、清涼殿の殿上の間に昇殿を許されました。ところが、それをねたんだ公卿たちが、ひそかに彼を亡き者にしようと企んで失敗に終わるという事件が起きました。その顛末(てんまつ)は『平家物語』巻一「殿上の闇討」に描かれていますね。

さらにこの歌集には、上の年記に続けて「炎上之後 随思出書之(炎上の後、思ひ出すに随ひてこれを書く)」と記されています。ここに「炎上」とあるのは、おそらく、これより5年前の大治二年(1127)二月に起きた、京都の大火によって内裏が炎上した事件を指すものと思われます。この大火のことを記した記事もまた、同じ『平家物語』や鴨長明の『方丈記』に見ることができます。

さらにまた、同じ歌集の中には「天永二年(1111)二月十六日の夢に」の詞書を持つ和歌もあり、この歌集に収められた作品が、およそ西暦1100年代前半ごろのものであることを示しています。

これらの事実から、《扇のかなめ》がカノメ、あるいはカニノメと呼ばれていた時期を知る一つの手がかりを得ることができます。ことばの歴史を探る上で、このようにその言語の使用されていた年代が特定できるのは、とてもありがたいことです。

今日の二枚目の画像は、煮干しには目もくれない黒美クンに別の一件を舐めさせたところ。その効き目のほどは、これ、このとおり(笑)
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  *撮影機材:R-D1+NOKTON classic40mm f1.4 (S・C)
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by YOSHIO_HAYASHI | 2007-07-24 16:07 | 言語・文化雑考


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