2007年 08月 25日
歌仙「さみだれを」の巻をめぐって (1)
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元禄二年(1689)三月二十七日に『おくのほそ道』(以下、「ほそ道」と略称)の旅に出た芭蕉の足取りは、出発地の江戸深川から加賀山中温泉まで行動を共にした門人の曾良が日々記した、『曾良随行日記』(以下、「日記」)と称される備忘録によって、途中までではありますが、その実態をかなり詳しくうかがうことができます。



またこの「日記」には、芭蕉と曾良が旅先で詠んだ発句や、各地で興行された連句を記し留めた「俳諧書留」(以下、「書留」)と題するメモも添えられています。

「日記」と「書留」の記事からは、「ほそ道」には記されていない事実や、連句作品の内容を知ることができます。また芭蕉研究家の詳細な考証によって、「ほそ道」には少なからぬ文学的虚構が施されていることも明らかにされています。

ここでは、そのような「日記」と「書留」を材料に、奥州の俳諧行脚の途中で興行された一つの連句作品に関して、私なりのささやかな考察をめぐらしてみたいと思います。

                      * * *

深川を出てからふた月めにあたる五月二十八日、二人は前日に宿泊した山寺で馬を借り、天童に至ります。その山寺は「ほそ道」の「閑かさや岩にしみ入る蝉の声」の句でよく知られた場所ですが、上記の「書留」には、そこで詠まれた句が次のように記されてあり、上記の「ほそ道」の句形はこの初案に推敲を加えたものであることが知られます。

         立石寺
     山寺や石にしみつく蝉の声     翁


一行は天童に立ち寄った後、そこからさらに大石田に向かい、午後2時ごろ、その地で船問屋を営む高野一栄(「日記」では「一英」)宅に旅の荷を下ろします。その夜は、当地の庄屋で近くに住む高桑川水(せんすい)も来訪し、一行を歓迎します。(この項続く)

今日は日本語学校の講義は休みですが、神田校舎でオープンキャンパスが開かれる予定になっていて、そこで受験生の個別相談を受ける仕事があります。今日も暑くなりそうなので、熱中症にならないように気をつけて出かけてきます。
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 *撮影機材:R-D1+NOCTILUX-M50mm f1.0(2nd generation)
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by YOSHIO_HAYASHI | 2007-08-25 05:25 | 言語・文化雑考


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