2007年 08月 30日
歌仙「さみだれを」の巻をめぐって (4)
さて、この「さみだれの」の巻は、実際にはどのように巻き進められていったのか。その実況を、五月二十九日の「日記」からうかがい見ることにしましょう。



当日の記事のはじめには、後から書き加えられた「夜ニ入(いり)小雨ス」の文字が挿入されています。旧暦五月下旬は梅雨の時期ですが、この日の日中は雨がやんでいて、夜になってから小雨が降り出したことを示しています。

さらにこれに続く本文には、次のようにあります。

 発・一巡終(おわり)両人誘(さそう)テ黒滝へ被参詣(さんけいせらる)。
 所労故(しょろうゆえ)(とどまる)。

これによれば、昨日の記事に引用した歌仙のはじまりの部分が示すように、まず正客の芭蕉が「発」句を詠み、亭主の一栄がこれに脇を付け、さらに曾良の第三、川水の四句目と進み、四人の付け順が「一巡」したところで、付合がいったん中止されたことになります。

それは、芭蕉の発案で、一栄・川水の「両人」を誘って、一栄宅からおよそ2キロメートルほどのところにある、「黒滝」と呼ばれる寺(現在の黒滝山向川寺)に参詣することになったからです。

ただし、曾良はこれに加わらずに、一人で残ることになりました。「日記」に「所労故」とあるように、旅の疲れがひどくて動けなかったためです。

ところで、四吟歌仙が始まり、付け順が一巡したところで、にわかにそれを中断して近くの寺の参詣にでかけるというのは、なにやら奇妙なところがあります。どうしてこんなことになったのでしょうか。  (この項続く)

ようやく暑さが一段落しましたね。今日は朝から雨で、涼しくてよいのですが、カメラ散歩はとりやめ。そのため無塩ならぬ無像の記事になってしまいました。

日本語学校の集中講義は昨日で終了。来週はゼミ合宿で箱根のセミナーハウスに出かける予定になっています。
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by YOSHIO_HAYASHI | 2007-08-30 05:43 | 言語・文化雑考


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