2007年 08月 31日
歌仙「さみだれを」の巻をめぐって (5)
f0073935_7315397.jpg
昨日引用した「日記」には、さらに次の記事が続きます。



 未剋(ひつじのこくに)被帰(かえらる)。道々俳有(はいあり)。
 夕飯川水ニ持賞(もてなさる)。夜ニ入(いりて)

ここに見るような、「もてなす」に「持賞」の漢字表記を用いた例は、江戸初期の国語辞書『節用集』諸本にも求めることができます。ここではその前の「川水ニ」を受ける述語にあたるので、受身の意を添えて「もてなさる」と読むのがよいでしょう。ちなみに、その前にある「被帰(かえらる)」の「被」は、受身の「る」を表す漢字を尊敬の「る」の意に転じた用字法で、芭蕉に対する敬意を表すものです。

これによれば、一栄・川水の案内を受けた芭蕉は、「黒滝」の参詣を終えて、「未剋」(午後2時前後)に一栄宅に戻り、その後、今度は曾良も同道して川水宅におもむき、夕食のもてなしにあずかって、夜には再び一栄宅に戻ったことが知られます。

芭蕉たちが参詣に出かけた時刻は記されていませんが、2キロメートルほど離れた「黒滝」までの往復に1時間弱、参詣に半時間ほどを費やしたとすると、一栄宅を出たのは午の刻過ぎ、ほぼ午後1時ごろのことと考えてよいでしょう。

そうすると、その前にすでに四吟歌仙が一巡していたわけですから、歌仙「さみだれを」の興行は当日の午前中に始まっていたことになります。

ところで、この文中に「道々俳有」とある点が注意されます。

「俳」というのは、すでに8月29日の本欄に引用した前日の記事にも「無俳」の形で用いられていたように、「俳諧」を省略した表記ですから、この箇所は、《黒滝への往復の道すがら、俳諧の続きが行われた》の意に解することができます。

これもすでに示したように、「一巡」後の初折表から裏にかけては、一栄(五句目)→芭蕉(折端)→川水(折立)→曾良(二句目)の順に運ばれていますから、「所労」のために一栄宅に残った曾良の付け番が来るまでに膝送りを進められるのは、初折裏の折立までということになります。

つまり「黒滝」の行き帰りの「道々」で、一栄・芭蕉・川水がそれぞれ一句ずつを付けて一栄宅に戻り、その後、一人残っていた曾良がそれを受けて付合が再開されたと推定することができます。 (この項続く)

ここ数日来、城尾さんと仔猫たちの姿を見かけていません。無事でいればいいのですが・・・。
f0073935_732772.jpg

 *撮影機材:R-D1+NOCTILUX-M50mm f1.0(2nd generation)
[PR]

by YOSHIO_HAYASHI | 2007-08-31 07:32 | 言語・文化雑考


<< 歌仙「さみだれを」の巻をめぐっ...      歌仙「さみだれを」の巻をめぐっ... >>