2007年 10月 19日
「りっぱ(立派)」 (その3)
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「りっぱ」という語が使われるようになるのは、この項の(その1)に記したように、江戸初期以降のことと見ることができますが、これまでにたびたび引用してきた、キリシタンの編んだ『日葡辞書』(1603-04)には、この語が採録されていません。



当時の日本語を注意深く集めたこの辞書に、期待される Rippa. という見出しが立てられていないのは、このころにはまだこの言葉が存在しなかったか、あるいは存在はしても通用の域には達していなかったことを物語るものでしょう。

またその漢字表記として、初めから「立派」が用いられていたわけではないことも、すでに触れたとおりです。

江戸中期、享保二年(1717)に刊行された意義分類体辞書『書言字考節用集(しょげんじこうせつようしゅう)』には、その「言辞門」リの部にこの語を収め、次のような漢字表記と語注を掲げています。

  律発(リツハ)  本朝俗語

漢字表記が「立派」ではなく「律発」である点が注意されます。語注に「本朝(=日本)俗語」とあるのは、この語が中国伝来の漢語ではなく、日本で生まれた俗語だということを指摘したものです。

また、これより少し時代が下った1797年頃に編まれた辞書で、当時の俗語を集めた『俚言集覧(りげんしゅうらん)』にも、次の記事が見えます。

 立派  又(また)律発を用う。俗には壮麗なるやうの事を云(いう)。
      本(もと)緇徒(しと)の一派を立たるより言(いう)なるべし。


ここでは見出しに現代と同じ「立派」の表記を掲げていますが、注記の冒頭に、「律発」の表記も用いるとしているところには、上に引用した『書言字考節用集』の見出しとの一致点が見られます。江戸中期のころには、「りっぱ」を表す「律発」という漢字表記が、「立派」と並用されていたことを示すものです。

さらにそれに続いて、一般には壮麗なさまを表すのに用いるが、本来は「緇徒《僧侶》」がひとつの派を立てることを言うのに用いられたものであろうと述べている点も注意されます。現在通用している「りっぱ」の語源説は、この記事を根拠にしたものです。

本日の画像は、浅草寺の縁日で撮ったもの。参道を"りっぱ"な顔をした金龍が練り歩いていました。
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 *撮影機材:R-D1+NOKTON classic40mm f1.4 (S・C)
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by YOSHIO_HAYASHI | 2007-10-19 06:53 | 言語・文化雑考


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