2007年 10月 24日
「りっぱ(立派)」 (その6)
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本来は賞賛すべきことがらについて用いられる「りっぱ」が、「りっぱな犯罪だ」のように、それとは反対の性質を持つ物事についても使われるようになった理由については、すでにこの項の(その2)で触れました。では、「りっぱ」がそのように使われるようになったのはいつごろからでしょうか。



日本国語大辞典』(第二版)には、次の例が示されています。

 今の分で打遣(うっちゃ)らかして措(お)いて、一月も続いて見給へ。
 立派な発狂(きちがひ)になって了(しま)ふ。
 (尾崎紅葉『多情多恨』前編)

この作品は明治29年(1896)に発表されたものですから、今から百年ほど前の言語資料にあたります。当時の文献を探してみれば、もっと古い用例が見つかるかもしれませんが、現段階では、明治20年代のころから「りっぱ」が上記のような意味にも使われるようになったものと見ておくのがよいでしょう。(この項終わり)


本日の2枚目の画像は、いつもの猫小路に抜ける路次で撮ったもの。

暖かそうな"猫つぐら"の中で、寅絵と寅美が体を寄せ合っているのを見つけました。
どうやらこの家の主が姉妹を一緒に面倒を見て下さることになったようです。

寒さに向かう時期、これでひと安心です。よかった/\。
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 *撮影機材:R-D1+NOCTILUX-M50mm f1.0(2nd generation)
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by YOSHIO_HAYASHI | 2007-10-24 06:51 | 言語・文化雑考


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