2008年 04月 14日
花の名前 -ボタン(3)-
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今朝も雨の中をボタンの定点観察に出かけました。上の画面の外でも、あちこちでつぼみがふくらみはじめています。



昨日の記事に引用した『色葉字類抄』の「牡丹」の項には、この花の名前として、ボタンとボウタンの二つの語形が並記されていました。

ここで注意されるのは、ボウタンの下に「」と記されている点です。

ここに記された「俗」という字からは、現代語の「低俗・俗悪」などの例に見るように、辞書の編者がこの語形に対して低い評価を与えているような印象を受けますが、ここではそのような意味に用いているのではありません。

この辞書ではこの漢字を、その本来の意味に近い《世間一般》の意を表すのに用います。

つまり、ここに引用した例に引き当てていうならば、この辞書の編者がボウタンの読みに「俗」と記したのは、 「牡丹」の標準的な読みはボタンであるが、世間一般ではボウタンとも呼ばれている ということを示したかったからです。

ここですこし本題から外れて脇道に入ることになりますが、この辞書の別の記事に出る「俗」の例を引いてみましょう。

f0073935_6311071.jpg左の画像は、これも『色葉字類抄』前田本のリ部・植物の項に見えるものです。ここには次のようにあります。

 龍膽 リウタウ俗  リウタム 

「龍膽」とは、現代の漢字表記で「竜胆」と書かれる植物、すなわちリンドウのことです。「龍」の漢字音はリウ(現代音リュウ)、「膽」はタム(現代音タン)ですが、この辞書の記事によれば、後者には別にタウ(現代音トウ)の音形もあったことが知られます。

ところでこの可憐な花の名前に、なぜこんな恐ろしげな漢字を用いたのかというと、それは、薬用に供されるこの花の根の味が、あたかも竜の胆のようにひどく苦いものだからであるという記事が、別の古辞書に見えます。竜の胆を舐めた人って昔の中国にいたんですね(笑)

また、現代のリンドウという呼び名は、ここに見えるリウタム(リュウタン)、あるいはリウタウ(リュウトウ)の形から変化して生まれたものであるらしいことも、ほのかにうかがわれます。

ところでここに見るように、「膽」にタム・タウの二つの字音があるのはなぜでしょうか。

「膽(胆)」の字音はタンですが、中国本来の字音では、その末尾が -n ではなく -m 音の形で、 tam のように発音されました。日本でも平安時代のころまではこの漢字に、その音に近い形のタムの読みを与えていました。しかし、後代に末尾音の -m と -n の区別が失われた結果、これがタンの読みに変わって現代に至っています。

ちなみに、韓国語では現在でもこの字音末尾の -m と -n (さらに言えば -ng も加わります)の区別が守られています。たとえば日韓同形語の「大」が、日本語では「ダイタ」と -n の音であるのに対して、韓国語では "대담(dae dam)" すなわち「デーダ」と、-n ではなく -m の形に発音されます。

リンドウの脇道はさらに続きます。ボタンへの道はますます遠のくばかり(笑)

*撮影機材:RICOH GR-DIGITAL 28mm f2.4
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by YOSHIO_HAYASHI | 2008-04-14 06:27 | 言語・文化雑考


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