2008年 04月 17日
花の名前 -ボタン(5)-
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定点観察地のボタンは、今まさに花の盛りを迎えています。今朝も良い目の保養をしてきました。



ところで、リンドウの和名に関して、さらに新たな事実を知ることができました。

昨日の記事に引用した『色葉字類抄』(以下「字類抄」と略称)に、この花の和名がエミクサおよびニカナと記されてあることに関して、前者のエミクサには疑問が残ることを指摘しました。

この辞書は、当時の歌人・学者として知られた源順(みなもとの したがう)が承平年間(931-938)のころに編集した『和名類聚抄(わみょうるいじゅしょう)』(以下「和名抄」と略称)という分類体辞書を基本にして編まれたものですから、字類抄に見える記事の出所の多くは、この辞書に求めることができます。

問題の「龍膽」の和名は、その語注の中に次のように示されています。

 龍膽 和名衣夜美久佐 一云迩加奈

「衣夜美久佐」はエヤミクサ、別名の「迩加奈」はニカナの万葉仮名表記にあたるものです。

この二つを字類抄のカタカナ表記と比べてみると、後者の「迩加奈」は字類抄でもニカナとして受け継がれているので問題はありませんが、前者の「衣夜美久佐」は字類抄のエミクサとは異なります。

どちらの語形が正しいかというと、それはもちろん、先行書の和名抄が掲げるエヤミクサに決まってます。字類抄のエミクサという代物は、ヤの仮名の誤脱によって生じた、現実にはあり得ない語形-幽霊語-と見るべきものです。

エミクサを「笑み草」として、リンドウの別名とする『日本国語大辞典』の記述は、額面通りに受け取ることはできません。大型辞書だからといって全面的に従うわけにはいかないことを示す、これはそのよい見本です。

f0073935_5252813.jpgなお、これもまた和名抄を主要な出典の一つとして編まれた『類聚名義抄(るいじゅみょうぎしょう)』と呼ばれる別の漢字辞書があります。字類抄よりやや早く、12世紀前半のころに成立したものです。この辞書にも同じ語が掲げられています。

   龍膽 エヤミグサ 一云 ニガナ

左の画像に見るように、和訓を記した片仮名の左上下の位置には、各音節のアクセントと清濁を表示する「声点(しょうてん)」と呼ばれる点が朱筆で施されています。それらのうち、クとカの左肩には濁音であることを示す複点が付いているので、これによって、それぞれエヤミグサ、ニガナと読まれたことが分かります。

エヤミとは《疫病》を意味する古語ですが、この草の根を疫病の薬としたところからこの名が出たとされます。竜の胆にたとえられるこの植物の根を煎じて服用した人は、さぞかし苦い思いをしたことでしょうね。

今日もまた、ボタンには行き着けませんでした。こんなことなら、初めからタイトルをリンドウにしておけばよかったようですね(笑)
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 *撮影機材:R-D1+NOCTILUX-M50mm f1.0(2nd generation)
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by YOSHIO_HAYASHI | 2008-04-17 05:26 | 言語・文化雑考


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