2008年 05月 01日
花の名前 -ボタン(10)-
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これまで見てきたように、「牡丹」には古くボウタンという語形が用いられていました。それが後にボタンの形に変わったわけです。



ところで、「牡丹」の「牡」字をボウと読むのは、実は中国の中古字音の姿を伝えるものなのです。

f0073935_11202663.jpg中国北宋時代の1008年、陳彭年たちが、先行する『切韻』『唐韻』などの韻書(漢字をその韻によって分類した字書)に手を加えて編んだ『広韻』には、「牡」字が「莫厚切」(ボウ)の音を持つ類(上声第四十五)の代表字「母」の下に収められています(左画像第2・3行参照)。

このことから、平安時代頃の日本に伝えられたこの漢字の字音(漢音)は、ボウであったことが知られます(なおそれ以前には、モウという音(呉音)も伝わっていたと考えられます)。

ところが広韻より少し遅く、1037年に丁度らによって撰ばれた『集韻』という韻書には、この字が広韻と同じくボウの音を持つ類(上声第四十五・母類)として示されるとともに、別に「満補切」()の音を持つ類(上声第十)の代表字「姥」の下にも収められています。

これによれば、中国ではこの頃までにはすでに、従来のボウの音とは別にボの字音も存在していたことが知られます。

古くはボウと読まれた「牡」字が、後にはボと読まれるようになったこと、さらにそれが日中両国で同じように起きていたという点には、まことに興味深いものがあります。

なおこのことは、中国で起きた「牡」の字音の変化を日本がそのまま受け入れた結果によるのか、それともたまたま両国で同じことが並行して別個に起きたのか、その問題についても考えなければなりませんが、その答えを出すためにはさらにその手がかりとなる材料を求めなければならないので、ここではそこまでは深追いをしないことにします。

ともあれ、「牡丹」の呼び名にはボタンよりも先にボウタンがあり、時代が下るにつれて次第にボタンが主流になったこと、そしてそれにもかかわらず、近現代の詩歌の野原には、今なお古風なボウタンの語形がひそやかに花を開いているということを、これまでのレポートで確めることができました。(この項終わり)
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*撮影機材:R-D1+NOCTILUX-M50mm f1.0(2nd generation)
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by YOSHIO_HAYASHI | 2008-05-01 11:13 | 言語・文化雑考


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