2008年 10月 02日
「おとめ」二題 (3)
f0073935_6423613.jpg
頂き物を入れた器に添えて返す品には、紙が用いられることもありました。



喜多村筠庭(いんてい)が編んだ、文政十三年(1830)の序文を持つ『嬉遊笑覧(きゆうしょうらん)』は、十二巻から成る江戸の百科事典ともいうべき大著ですが、その巻八に収める、縁起物や禁忌などに関わる事柄を集めた「忌諱」の項目中に次のような記事が見えます。

 人の許(もと)より物贈れる時、その器物に 移り紙 とて紙を入、又ことそぎては 発燭(ツケギ) をも入て返す。『沙石集』に、君に忠有て栄ふるといふ条に、「返り物、引出物とて紙一枚をぞ給はりける」。これ今いふ うつり 也。
 つけ木、古くは硫黄といへり(京師には今も いわふ木 といふ)。(中略)是をかの 移り に用るは、祝ふの意也。かなはたがへども、音似たれば也。


ここにもまた、前回までに出た「うつり」や「つけぎ」の名が見えます。

またこの前段には、贈り物のお返しとしては、その器に紙を入れて返すのが本式で、それを「移り紙」と呼んだこと、また略式では「つけぎ」を入れることもあったことが記されています。なお、「つけぎ」の漢字表記「発燭」は、すでに見た『物類称呼』にも用いられていました。

後段では、その「つけぎ」が古くは「硫黄」と呼ばれたことに併せて、京都では当時それが「いわふ木」と呼ばれていたことを記し、その「いわふ」には《祝ふ》の意がこめられているとしています。「つけぎ」が関西でイオウと呼ばれていたこともまた、『物類称呼』の記事内容と一致します

なお原文ではこれに続いて、《祝》の意を表すのに、本来は「いふ」と書くはずのところを、当時の女性の手紙などでは、ことさらこれを「いふ」と書く習慣があったことに言及しています。

編者はそのことについて、「いふ」とすると、その名詞形「いはひ」が、「位牌(いはい)]とまぎらわしくて縁起が悪いので、それを避けるために、あえて「いふ」の表記を用いるのであろうという注釈を加えています。当時こういう仮名表記の習慣があったことを示すものとして注意されます。

なおまた、さきに見た『物類称呼』では「わう木」とあったものが、ここでは「わふ木」とあって、語頭の仮名が「ゆ」から「い」に変わっています。これは、古くはユワウであった「硫黄」の語音が、この百科事典が作られた頃には、すでに現在と同じイオウに転じていたことを示すものです。 (この項続く)
f0073935_6432048.jpg
f0073935_6433527.jpg
f0073935_6434696.jpg
f0073935_6435880.jpg

  *撮影機材:R-D1+NOCTILUX-M50mm f1.0(2nd generation)
[PR]

by YOSHIO_HAYASHI | 2008-10-02 06:46 | 言語・文化雑考


<< 「おとめ」二題 (4)      「おとめ」二題 (2) >>