2008年 10月 25日
「ながめつすがめつ」 (4)
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昨日の記事で「コンダラ例」としたのは、次のような使い方を指すものです。



 ・自身の成り立ちを、その時々の想いを胸の中からつかみ出し、ためすがえす
  眺め尽くす。

 ・品物をためすがえす見て、カゴに入れたかと思うと、また戻す。この繰り返し。
  だから時間がかかる。

 ・ためすがえす鑑みるものの、どうやら、自己保身、自己快楽、対極的な見地
  ではなく小さな組織体の快楽、としか思えない。

 ・一言ではとても言いあらわすことはできない、と思いきや、言い得て妙、と
  ためすがえす読ませていただきました。

 ・雨の日には、昔愛した女達の数少ない思ひ出を、しまつておいた古い版画を
  たまに引き出してはためすがえす眺めるやうに、繰り返し味わひながら、プル
  ーストを読むのである。


この一件に出くわした時、はじめは、まさか、と目を疑ったのですが、なんのなんの、ネット検索をかけてみると、こういう例は掃いて捨てるほど網に引っかかる。この表現は、すでに若い層の間にかなり高い通用度で流布しているものと思われます。

もうお気づきのように、これらの「ためすがえす」は、「ためつすがめつ」と「かえすがえす」が入り交じったもので、言語学でいう「混淆(コンタミネーション)」によって生まれた"混血児"です。

このような語形の入り交じりが起きるためには、もとになった両語の間になんらかの類似性のあることが必要です。

この場合には、「ためつすがめつ」の語義に含まれる《よくよく何度も見る》という反復性を含む語義要素が、それを備えた別語の「かえすがえす」を呼び起こし、やがて両語はドッキングを果たすに至ったと見ることができるでしょう。 

ところで、上に例文として引用した文章の多くには、共通した気取りが感じられませんか。

ことに最後の例などは、せっかく歴史的仮名遣(「味ひ」の仮名違いはご愛敬ですが)まで駆使して格調の高さを目指しているというのに、いきなり「ためすがえす」(これもどうせやるのなら「~がす」としたい)と来られると、ご本人は得意なのでしょうが、読者側は、あまりの落差の激しさに、にわかに興ざめがして、ひどく情けない気分におちいります。 (この項続く)
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 *撮影機材:R-D1+NOKTON classic40mm f1.4 (S・C)
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by YOSHIO_HAYASHI | 2008-10-25 04:34 | 言語・文化雑考


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