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2010年 03月 31日
![]() 4月からは心を新たに、FC2ブログ上に「塔婆守の写真雑記帳」を開いて再出発いたしますので、こちらにもお立ち寄り願えれば幸いです。 なお、この「専修大学文学部林ゼミ写真帳」ブログは、しばらくこのままの形で残すことにいたします。 * 新ブログ名に用いた「塔婆守(とうばもり)」とは、パソコン通信時代から愛用してきた私のハンドルネーム。英国の作家サキの短編で、人語を解する猫の名を題名とした "Tobermory" の漢字音訳にあたります。 ◆ 私のツィッターログへは こちら からどうぞ。 *撮影機材 :PENTAX K-7 +SIGMA17-70mm f2.8-4.5 DC MACRO 2010年 03月 30日
![]() 宣長はこの著作の中で、能登国の郡名「鳳至」を「不布志(ふふし)」とする元和本『和名類聚抄』の本文に基づき、この地名表記に「鳳」字を用いたのは、字音フウの韻尾ウをフに転用してフフに宛てたものと見なしました。 しかし前回までの検討の結果、「鳳至」は古くから「フゲシ」と読まれていたと見るべきであり、この点については宣長の説は訂正されなければなりません。 とは言え、宣長の説くところは基本的には正鵠を射ています。 フゲシという地名が「鳳至」と表記されるに至ったのは、和語としての地名に /フゲ+シ/ という分析を加えて、その/フゲ/に「鳳」を、/シ/に「至」を宛てたことによるものです。 そのような「好字」を選んだ結果として、この地名に《鳳が至る》という意味が生じましたが、それはあくまでも漢字の音を借りた表記に意味を持たせたに過ぎないものであり、この地名に本来そのような意味が備わっていたと考えるのは、本末転倒の誹りを免れません。 /フゲ/という和語の単位を表すのに「鳳」字を用いたのは、この漢字の字音韻尾が鼻音 -ng であり、それが第二拍の /ゲ/ を表すのに都合がよかったからです。ちなみに「鳳」の朝鮮字音 "봉 (bong)" にはこの韻尾が残存していますが、日本語ではそれが後に u の音に転じたために、現在ではこの字に「ホウ」の音読みが用いられています。 (この項終り) 冒頭の画像は先日の旅先で信号待ちの間に車窓から撮ったモクレン。茨城県牛久市で見かけたものです。 ◆ 私のツィッターログへは こちら からどうぞ。 *撮影機材:RICOH GR-DIGITALⅡ 28mm f2.4 2010年 03月 29日
![]() ここに記された郡名「鳳至」にも、すでに引用した元和古活字本(以下「元和本」と略称)と同様に万葉仮名による付訓がなされています。ただし元和本には「不布志」とあったのに対して、天正本は「不希志」とあり二文字目にわずかな異なりが認められます。しかしここには、元和本の本文に関する重要な問題が潜んでいます。「天正本」の付訓「不希志」の二文字目「希」は、「希有(けう)」などの熟語の読みに用いられる呉音「ケ」を表したと見るべきもの。つまりこの表記は、前回に引用した「永禄本」の片仮名による「フケシ」の語形に一致します。またそこにも記したように、これは現行地名の「フゲシ」に相当するものと考えるのが妥当です。 これらのことから、「元和本」に見える「不布志(ふふし)」の読みは「不希志(ふけし)」を誤ったもので、それは、すでにお気づきのように、「希」と「布」の字体の類似によって引き起こされた結果であることも容易に推察されます。それは、左の画像にも見るように、「希」字の構成要素「爻」の上部の「メ」が小さく書かれていた点に誤写をもたらす原因があったものと思われます。 (この項続く) 1枚目の画像は数日前に拙宅の台所の窓から望遠レンズで撮ったもの。雨に濡れて隣家の庭に咲くサンシュユ(山茱萸)の花です。 ◆ 私のツィッターログへは こちら からどうぞ。 *撮影機材:R-D1+Travenar 90mm f2.8 (1枚目) 2010年 03月 28日
![]() 久しぶりに顔を揃えた弟妹たちと、郷里いわき市から茨城の大洗をドライブしながら経巡り、最後に母のもとを訪れた後に、常磐線取手駅前で解散しました。 上に掲げた写真は、二日目にいわき市豊間にある母の実家を訪れた折に、仏壇のある部屋の欄間に飾られてあった写真の一枚を接写したもの。中央に写っている母の前に、横山隆一の漫画「フクちゃん」(ふ、古い(笑))風の姿で立っているのが幼時の私。これは母方の祖父が亡くなった折、葬儀の場で撮った記念写真です。ここに姿が見えないところからすると、写真館を営んでいた父が撮影したもののようです。 私の左隣、往時の国鉄職員だった父の従弟に抱かれた弟が写っていることから見て、1942~3年ごろに撮影されたものと思われます。この頃の日本は、1941年12月に無謀な戦争に突入し、南太平洋に戦火を拡大しつつありました。そんな当時の風俗を知る資料性を持つもののように思われます。 ひつぎが輿(こし)に収められていること、その上に幕が張られていることなどに目が行きます。左奥に写っている鉢巻き姿の青年たちは、おそらく埋葬などの仕事にあたる近所の人たちでしょうか。 右側の従姉二人の右隣に写っている少年は、最後から2枚目の画像中央にいる従兄と同じ人物。 まさに"往時茫々"、私の記憶にはこの時の出来事はまったくと言ってよいほど残っていませんが、写真の持つ記録性というものを改めて認識させられたような次第です。 上の写真に初々しい姿で写っていた母も、もうすぐ95歳を迎えるに至りました。最後のはその母を囲む兄弟妹たちのスナップ写真です。 ◆ 私のツィッターログへは こちら からどうぞ。 ◆ ![]() ![]() ![]() ![]() *撮影機材 :PENTAX K-7 +SIGMA17-70mm f2.8-4.5 DC MACRO (2枚目) 2010年 03月 25日
![]() 1枚目は学部の送別会と大学の卒業式の際に贈られた花束。拙宅の玄関はたちまち花盛りとなりました。 2・3枚目は、その卒業式の花束に添えられていたグリーティングカード。ゼミの学生たちがめいめい心をこめて書いてくれた言葉のあれこれに感激しました。当日の花束贈呈の役にあたったUさんが花束に添えて贈ってくれたものです。皆さん、ありがとう。 そして4枚目は、式の後の大学院学位記授与記念パーティーの前にOBたちから贈られた寄せ書き。前日の呑み会の席で書いたものらしい。その折には顔を出せずに御免。これを届けてくれたS君、台湾から駆けつけてくれたJ君、その折にはゆっくりお話できず心残りでしたが、次の機会には、達者でいたら必ず参加しますのでお許しを。 なお今日から明後日にかけて、弟妹たちと郷里を訪れる旅に出ます。その間ブログの更新が途絶えますので、よろしくお願いします。なお、ツィッターによる【今日の季語】は旅先から送信しますので こちら からどうぞ。 ![]() ![]() ![]() *撮影機材:PENTAX K-7 +SIGMA17-70mm f2.8-4.5 DC MACRO (1枚目) 2010年 03月 24日
前回に示したように、二十巻本『和名類聚抄』本文における能登国「鳳至」郡の読みが、元和三年古活字版には「不布志(ふふし)」とあり、このことに不審が残ります。この点について二十巻本の古写本の本文を調べてみました。ちなみにこの古辞書には、別系統に属する十巻本もありますが、こちらには「国郡部」が収められていないので、参考にすることはできません。なおこの点については、原本にあった「国郡部」が後に省かれたのか、それとも原本成立後に増補されたものかをめぐる諸説があります。私は後者がよいと考えますが、この問題にもここでは深入りしません。 左に掲げるのは、永禄九年(1566)に書写された、名古屋市博物館所蔵『和名類聚抄』の該当箇所の画像です(同博物館1992年発行複製本による)。 これをこの項(2)に掲げた元和三年古活字版の本文と対比させてみると、後人の手の加わっていることが分かります。元和版にはなかった郷里名がそれぞれの郡名の下に加えられている反面、本来は万葉仮名で表記されていた郡名の読みが片仮名による振り仮名形式に改められていますね。 さて、問題の「鳳至」に施された読み仮名は「フケシ」とあります。ここには濁点は施されていませんが、現在のフゲシに相当するものと見てさしつかえないでしょう。 この資料は、「鳳至」の現在の呼び名がすでに16世紀中頃には存在していたことを証拠付けるものです。 (この項続く) 2010年 03月 23日
![]() 今年は定年退職者の一員ということで他の六人の教員たちと教員席の最前席に列んで式に臨みました。 こういう場所で機器を扱うのはいささか憚られるものがありますが、大事の前の小事、そんな思わくは無用とて、上着の下に忍ばせたカメラとiPhoneを駆使して、撮ったりツィートしたりの天をも恐れぬ所行に及びました(笑) その成果の一端をご披露いたします。 式の最後に定年退職教員への花束贈呈が行われ、大きな花束がそれぞれのゼミ生たちから手渡されました。 定年の黄なる花束手に重く 宗海 四千の学徒とともに卒業す 宗海 式の後にゼミ生たちと記念写真を撮ろうと会場の外に出ると、ゼミ後輩と昨年の卒業生が待ち構えていて、卒業生と私に花を贈って下さいました。皆さん、嬉しいお気持ちをありがとう! さらに午後には、近くのホテルで開かれた大学院の学位授与記念パーティーに参加しました。こちらにも後輩の門出を祝って大学院OBのS君とJ君が駆けつけて下さいました。J君はこの日のために結婚相手と弟氏を伴って台湾から来訪したということで、その篤いお気持に深く感じ入った次第です。 こんな素晴らしい教え子たちに囲まれて、定年まで教員生活を送ることができたのはまことに仕合わせです。職を離れても、ブログやツィッターを通していつでもお会いできますから、これからもこれまで同様にお付き合いください。 ◆ 私のツィッターログへは こちら からどうぞ。 ◆ ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() *撮影機材:RICOH GR-DIGITALⅡ 28mm f2.4 |
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