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カテゴリ:言語・文化雑考( 413 )

2010年 03月 30日
シタダミからフゲシへ -ツィッターの話題から- (10)
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最後に、さきの(6)で触れた本居宣長『地名字音転用例』の問題に戻って、この項を終えることにします。

宣長はこの著作の中で、能登国の郡名「鳳至」を「不布志(ふふし)」とする元和本『和名類聚抄』の本文に基づき、この地名表記に「鳳」字を用いたのは、字音フウの韻尾ウをフに転用してフフに宛てたものと見なしました。

しかし前回までの検討の結果、「鳳至」は古くから「フゲシ」と読まれていたと見るべきであり、この点については宣長の説は訂正されなければなりません。

とは言え、宣長の説くところは基本的には正鵠を射ています。

フゲシという地名が「鳳至」と表記されるに至ったのは、和語としての地名に /フゲ+シ/ という分析を加えて、その/フゲ/に「鳳」を、/シ/に「至」を宛てたことによるものです。

そのような「好字」を選んだ結果として、この地名に《鳳が至る》という意味が生じましたが、それはあくまでも漢字の音を借りた表記に意味を持たせたに過ぎないものであり、この地名に本来そのような意味が備わっていたと考えるのは、本末転倒の誹りを免れません。

/フゲ/という和語の単位を表すのに「鳳」字を用いたのは、この漢字の字音韻尾が鼻音 -ng であり、それが第二拍の /ゲ/ を表すのに都合がよかったからです。ちなみに「鳳」の朝鮮字音 " (bong)" にはこの韻尾が残存していますが、日本語ではそれが後に u の音に転じたために、現在ではこの字に「ホウ」の音読みが用いられています。 (この項終り)

冒頭の画像は先日の旅先で信号待ちの間に車窓から撮ったモクレン。茨城県牛久市で見かけたものです。

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*撮影機材:RICOH GR-DIGITALⅡ 28mm f2.4
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by YOSHIO_HAYASHI | 2010-03-30 07:14 | 言語・文化雑考
2010年 03月 29日
シタダミからフゲシへ -ツィッターの話題から- (9)
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二十巻本『和名類聚抄』の古写本には、前回に引用した永禄九年(1566)書写「永禄本」(名古屋市博物館所蔵)とは別に、これとほぼ同じ時期にあたる天正三年(1575)の年記奥書を持つ「天正本」もあります。左に掲げるのは、その「能登国郡名」の部分の画像です(馬淵和夫『古写本和名類聚抄』<勉誠出版>による)。

f0073935_579100.jpgここに記された郡名「鳳至」にも、すでに引用した元和古活字本(以下「元和本」と略称)と同様に万葉仮名による付訓がなされています。ただし元和本には「不布志」とあったのに対して、天正本は「不希志」とあり二文字目にわずかな異なりが認められます。しかしここには、元和本の本文に関する重要な問題が潜んでいます。

「天正本」の付訓「不希志」の二文字目「希」は、「希有(けう)」などの熟語の読みに用いられる呉音「」を表したと見るべきもの。つまりこの表記は、前回に引用した「永禄本」の片仮名による「フケシ」の語形に一致します。またそこにも記したように、これは現行地名の「フゲシ」に相当するものと考えるのが妥当です。

これらのことから、「元和本」に見える「不布志(ふふし)」の読みは「不希志(ふけし)」を誤ったもので、それは、すでにお気づきのように、「希」と「布」の字体の類似によって引き起こされた結果であることも容易に推察されます。それは、左の画像にも見るように、「希」字の構成要素「爻」の上部の「メ」が小さく書かれていた点に誤写をもたらす原因があったものと思われます。 (この項続く)

1枚目の画像は数日前に拙宅の台所の窓から望遠レンズで撮ったもの。雨に濡れて隣家の庭に咲くサンシュユ(山茱萸)の花です。

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*撮影機材:R-D1+Travenar 90mm f2.8 (1枚目)
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by YOSHIO_HAYASHI | 2010-03-29 05:26 | 言語・文化雑考
2010年 03月 24日
シタダミからフゲシへ -ツィッターの話題から- (8)
f0073935_7104954.jpg前回に示したように、二十巻本『和名類聚抄』本文における能登国「鳳至」郡の読みが、元和三年古活字版には「不布志(ふふし)」とあり、このことに不審が残ります。この点について二十巻本の古写本の本文を調べてみました。

ちなみにこの古辞書には、別系統に属する十巻本もありますが、こちらには「国郡部」が収められていないので、参考にすることはできません。なおこの点については、原本にあった「国郡部」が後に省かれたのか、それとも原本成立後に増補されたものかをめぐる諸説があります。私は後者がよいと考えますが、この問題にもここでは深入りしません。

左に掲げるのは、永禄九年(1566)に書写された、名古屋市博物館所蔵『和名類聚抄』の該当箇所の画像です(同博物館1992年発行複製本による)。

これをこの項(2)に掲げた元和三年古活字版の本文と対比させてみると、後人の手の加わっていることが分かります。元和版にはなかった郷里名がそれぞれの郡名の下に加えられている反面、本来は万葉仮名で表記されていた郡名の読みが片仮名による振り仮名形式に改められていますね。

さて、問題の「鳳至」に施された読み仮名は「フケシ」とあります。ここには濁点は施されていませんが、現在のフゲシに相当するものと見てさしつかえないでしょう。

この資料は、「鳳至」の現在の呼び名がすでに16世紀中頃には存在していたことを証拠付けるものです。 (この項続く)
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by YOSHIO_HAYASHI | 2010-03-24 07:15 | 言語・文化雑考
2010年 03月 21日
シタダミからフゲシへ -ツィッターの話題から- (7)
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元和三年古活字版『和名類聚抄』には、能登国の郡名「鳳至」に「不布志(ふふし)」の読みが施されているので、私は最初、このフフシが古い形であって、現在のフゲシはこれから転じたものと受けとめました。しかしよく考えてみると、この万葉仮名表記には、いささか不審なところがあります。

お手数ですが、この項の(2)に画像として掲げた「能登国」の記事をもう一度御覧ください。「鳳至」の次に「珠洲」の郡名があり、これに「須々」の付訓が見えますね。現在もそう呼ばれているように、これはスズの読みを示すものです。

ちなみにこの古辞書では、清濁の書き分けをせずにこのように同じ万葉仮名を用います(このことについてはまた別の問題がありますが、ここでは話の錯綜を避けて省略します)。

このスズが「須々」の形で表されているように、同じ仮名で書かれる読みを示す際には、「々」の記号を用いるか、あるいは直前のと同じ万葉仮名を用いるのがこの辞書の方針です。

例えば、漢字表記の同じ地名で、大隅国「桑原」の郡名に「波々(くはばら)」とあるのは前者の例であり、信濃国諏訪郡の「桑原」に「波波」の形で示されているのは後者の例にあたります。

この方針は徹底して守られており、同音節の連続する地名には、必ずどちらかの表記方式による読みが施されています。

ところが「鳳至」における「不布志」の読みには、同じフの連続に対して「不布」という異なる万葉仮名が使用されていて、他の多くの例とは異なる点に不審が残ります。 (この項続く)

今朝は当季の季語にあたる「春疾風(はるはやて)」が列島を吹き抜けていきました。皆さんのところには被害はありませんでしたか。

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*撮影機材:PENTAX K-7 +SIGMA17-70mm f2.8-4.5 DC MACRO
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by YOSHIO_HAYASHI | 2010-03-21 06:34 | 言語・文化雑考
2010年 03月 20日
シタダミからフゲシへ -ツィッターの話題から- (6)
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そろそろ話を本題にもどすことにしましょう。

f0073935_6575984.jpg本居宣長に『地名字音転用例』という著作があります。前回まで取り上げたような、字音を転用した地名の例を丹念に集め、これを原理的に分類したもの。これは『本居宣長全集』第五巻(筑摩書房)などで読むことができますが、その中に問題の「鳳至」が「種(くさぐさ)ノ転用」例の一つとして取り上げられています。(左の画像参照)

ここに見るように、宣長は「能郡(=能登国の郡名)」の「鳳至」の読みを「不布志(ふふし)」とする文献に基づいて、この地名表記を、「鳳」の字音フウの韻尾ウをフフシの第二拍フを表すのに転用したものと見なしています。

しかし遺憾ながら、わずかこれだけの記述の中に、根本的な誤りが含まれています。

宣長が「鳳至」の読みを「不布志」としたのは、彼の使用したテキストが、すでにこの項の(2)で紹介した元和三年古活字版『和名類聚抄』であったことによるものと思われます。江戸期の他の多くの文人たちも、本書を参照する際にはこの流布版を使用しています。

ただし、この本文を全面的に信頼するのは危険です。これは他の文献についても同じ事が言えますが、後人の書写にかかる古文献には、必ずと言ってよいほど転写の間に生じた誤りが含まれているからです。

その例に漏れず、宣長が参照した版本の「能登国」の記事についても、写し誤りと見るべき箇所があり、そのことが彼の説に再検討を加える余地を残しています。以下、しばらくこの問題にお付き合い下さい。 (この項続く)


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by YOSHIO_HAYASHI | 2010-03-20 06:38 | 言語・文化雑考
2010年 03月 19日
シタダミからフゲシへ -ツィッターの話題から- (5)
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三音節以上の地名を漢字二字で表すには、「尾張(をはり)」や「大隅(おほすみ)」などのように、漢字の訓読みを利用するのも一つの行き方ですが、これとは別に漢字の字音をさまざまに転用する方法も採用されています。

例えば「信濃」という国名の表記には、古くから口承されてきた /シナノ/ という"声"を /シナ/ と /ノ/ の二要素に分析した後、/シナ/ には「信」の字音 sin に母音 a を添える方式が、また/ノ/ に対しては、これとは逆に「濃」の字音 nou の韻尾 u を除く方式が採用されています。

なおここで銘記すべきは、/シナノ/ という音声が先行のものであって、「信濃」という文字は後から便宜的に宛てられたものであるという点です。/シナノ/がどういう語義を持つ地名であるかについては不明というほかありませんが、少なくとも「信」や「濃」という漢字にはそれを解く手がかりは含まれていない、ということだけは確かです。そしてこのことは、字音転用による地名表記全般について言えることです。

「上野国(かうづけのくに)」にはかつて「男信(なましな)」という郷名がありました。この /ナマシナ/ もまた /ナマ/ に「男」を、 /シナ/ に「信」をそれぞれ宛てることによって案出された字音による地名表記です。 /シナ/ に「信」を宛てたのは信濃の場合と同じですが/ナマ/ を「男」によって表したのは、この字音が当時 nan ではなく、中国原音に近い nam の形で受容されていたことを示すものです。

現代日本語には、朝鮮語に見られるようなこうした字音韻尾 -m と -n の区別はありません。しかし、古代日本語ではこの区別が学習的に守られていた、これはそのことを示す一例にあたるものです。 (この項続く)

コブシが満開の時期を迎えました。大樹を振り仰ぎながら、今年も命長らえて花の盛りに出会えた仕合わせをしみじみと味わいました。

今朝はもう一つの白い命にも。城尾ファミリーの一員に、ほんとに久しぶりに遭遇しました。君も無事に冬を越せてよかったね。

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*撮影機材:PENTAX K-7 +SIGMA17-70mm f2.8-4.5 DC MACRO
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by YOSHIO_HAYASHI | 2010-03-19 07:14 | 言語・文化雑考
2010年 03月 18日
シタダミからフゲシへ -ツィッターの話題から- (4)
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国郡郷の名をそれぞれの音節数に関わりなく一律に漢字二文字で表すという課題は、一音節あるいは三音節以上の地名を持つ地方にとってはかなり厄介な要求です。

紀伊国(きのくに)という国名は、この地が森林資源の豊かなところから来た、《木の国》の意を表す名称であったとされます。この国では、その /キ/ という一音節地名を漢字二文字で表さなければなりません。

そこで考え出されたのは /キ/の音節に含まれる母音 /イ/ を引き延ばして /キイ/ という形を臨時にこしらえ、これに「紀伊」の漢字を当てるという妙案でした。この方法を適用すれば、一音節の地名であっても漢字二文字で表すことが可能になります。現在でも「紀伊国屋」という屋号がキイノクニヤではなくてノクニヤと読まれているのもこういう理由からですね。

備中国にあった都宇(つ)という郡名にもこれと同じ原理がはたらいています。この地名は港を意味する《津》から出たものと思われますが、これを二文字で表すために、/ツ/ の母音を引き延ばしてそれに「都宇」の二字を当てたものです。この地名は現在では「つう」と呼ばれていますが、それは漢字の「都宇」に引き寄せられたもので、本来は短く「つ」と発音されるはずの地名でした。 (この項続く)

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by YOSHIO_HAYASHI | 2010-03-18 05:22 | 言語・文化雑考
2010年 03月 17日
シタダミからフゲシへ -ツィッターの話題から- (3)
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当面の「鳳至」の問題から、話が少し枝道に入ります。

日本の古い地名は漢字二字で表記されるのが通例です。これは、和銅六年(713)五月に、朝廷から「畿内七道諸国郡郷ノ名、好(よ)キ字ヲ著(つ)ケヨ」という布告が出され、それまでは恣意的な表記がなされていた国郡郷名を二字の「好字」で表記するという基本方針に則った改正が行われたことによるものです。

ただし、この事業はこの年に全国一斉に施行されたというわけではなく、その前後にかけてある程度時間をかけて行われたものと思われます。

例えば、現在の東京都と埼玉県の一部を含む地域には、古く无邪志(むざし)・胸刺(むさし/むなさし)・知々夫(ちちぶ)の三つの地方官が置かれていましたが、大化改新の後に一国となり、国名も「武蔵」に改められました。

この国名の漢字表記は、上記の地方官「无邪志」の名をもとに定められたものと思われます。すなわち、「无(ム)」を同音の「武(ム)」に置き換え、「邪(ザ)」にはこれと同じ頭音を持つ「蔵(ザウ)」を転用することによって、「武蔵」という"二字の好字"による国名表記が考案されました。その際に古い表記の「志」は、二字という制約のためにやむなく捨てられたのでしょう。「武蔵」の国は古くはムザシと呼ばれたのが、後にムサシと清音に替わったということにもなりますね。

このような地名表記の改正は全国各地で試みられたわけですが、そこにはさまざまな苦心の跡を見ることができます。 (この項続く)

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by YOSHIO_HAYASHI | 2010-03-17 07:08 | 言語・文化雑考
2010年 03月 15日
シタダミからフゲシへ -ツィッターの話題から- (2)
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鳳至郡」が行政区画上の名称として歴史に姿を現すのは、大宝元年(701)に施行された大宝令に見えるのが最初。ただしこの時点では越前国に属したのが、養老二年(718)に越前国から分かれて能登国が生まれた際にその一郡となりました。

ところでこの「鳳至」は、前回記したように現在ではフゲシと称されていますが、古くからこのように呼ばれていたわけではありません 古辞書を調べてみると、この名称に関してはひとつの文献的問題が隠れていることに気付きました

次に掲げる画像は、承平四年(934)ごろに原本が成立した平安時代の古辞書『和名類聚抄(わみょうるいじゅしょう)』、その二十巻本系に属する元和三年古活字版の巻五「国郡部」からのコピーです(勉誠社文庫23『倭名類聚抄』による)。
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ここに見える「能登国」の条には、この国についての概略とこれに属する四郡の名が示されています。その三番目に問題の「鳳至」の文字が見えますが、その読みを示す万葉仮名は「不布志」と記され、この辞書が編まれた当時はフフシの名で呼ばれていたらしい* ていることが知られます。

*【注】 このことについて、いささか疑わしい点のあることに気付きました。その問題は後で取り上げることにします。

ちなみに、この辞書の編者である源順(みなもとのしたがう)は、天元三年(980)に能登国の国守として赴任した人物。今回の記事にまつわる不思議な機縁を感じます。 (この項続く)

いよいよゼミのメンバーともお別れ。本日はその名残を惜しんで、このところ贔屓にしている富士山中湖セミナーハウスに一泊旅行に出かけてきます。それにつけても気になるのはお天気だけど、どうも明日は雨らしい。とうとう最後までわがゼミ旅行のお天気ジンクスは破れなかった・・・(泣&笑) ともあれ、行って参ります。

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by YOSHIO_HAYASHI | 2010-03-15 05:33 | 言語・文化雑考
2010年 03月 14日
シタダミからフゲシへ -ツィッターの話題から- (1)
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前回記したように、ツィッター上で【今日の季語】という140字連載を毎朝続けています。その昨日の記事;

【今日の季語】細螺(きさご):「きしゃご」とも。巻貝の一種で厚く堅い殻を持つ。女の子の玩具としてオハジキに用いられた。古語では「しただみ」と呼ばれ『古事記』に出る。◆よその子の泊まつて行きし細螺かな(千葉皓史) #jhaiku #kigo

これに応えて、石川県にお住まいの @ka_ru_ さんから、「能登でもシタダミって使います!」というお返しがありました。

さっそく『日本方言大辞典』に当たってみると、「しただみ」の項①に、「貝、きさご(細螺)」とあり、尾州知多郡、新潟県佐渡の使用地域名が記されています。そのほかにも「しただめ」などの語形を用いる地域や、別の貝を指す地域などもあって、奈良時代の古語が今なお地方に残存していることを示しています。能登でも使用されているという上記の報告は、この文献の記事を補足するものです。

話題はさらにそこから転じて、能登には市町村合併前に「鳳至郡」があったという話になりました。この「鳳至」はフゲシと読まれ、現在でもこの地方の町名として残っています。

う~む、「鳳至」の読みがフゲシとは! 
例によって探索好きの虫がむずむずと首をもたげました(笑) (この項続く)

コブシが白い笑みをこぼし始めました。今年は例年より早い!

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by YOSHIO_HAYASHI | 2010-03-14 07:28 | 言語・文化雑考