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2006年 04月 30日
「一箱古本市」に行ってきました
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「一箱古本市」とは、谷根千(谷中・根津・千駄木)地域を貫く「不忍(しのばず)通り」周辺の商店の軒先を借りて、連休の始まる時分(ことしは4月29日)に一日だけ開かれる屋外古本市のことです。今年はその2回目。100人の出品者が段ボール一箱ずつ古本を持ち寄り、エリア内15箇所に臨時の古書店を開きました。

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by YOSHIO_HAYASHI | 2006-04-30 03:59 | 身辺雑記
2006年 04月 28日
地口行燈【続々】
f0073935_7575799.jpg以前に取り上げたことのある地口行燈の話題を続けます。

まず、行燈の文字を読んでください。
元句がわかったら、それも一緒に。

誰かからコメントが出るまで、解説はおあずけ(^^;



撮影場所:北千住商店街
撮影機材:R-D1+NOKTON classic SC 40mm f1.4
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by YOSHIO_HAYASHI | 2006-04-28 07:58 | 言語・文化雑考
2006年 04月 27日
じゃり(砂利) (15)
f0073935_6565017.jpg 砂利資源もそろそろ底をついてきました。これまでの運びをまとめて、ひとまず今回でこの項を終えることにします。

 江戸初期には、おおまかに言えば、《砂利》を指す語として「ごろた」(「ごらうた」「ごろうたらう」)類と、「じゃり」(「ざり」)類があり、前者は関西地域、後者は関東地域に分布していたと見ることができます。
 それがやがて、漢字表記「砂利」とともに「じゃり」類が勢力を伸ばし、共通日本語としての地歩を占めるに至ったものと見られます。

「じゃり」の語源については、すでに本項第7回に引用した『年々随筆』が指摘するように、古語の「さざれ」と同源と見るのがよいでしょう。

 ただし同書では、「さざれ」も「ざり」も、ともに「さらさら」「じゃりじゃり」という擬音語から出たものと考えています。しかし、これとは別に、「さざれ」から「ざれ」が生まれたものと見て、「さざれいし」が「さざれし」から「さざれ」と短縮の道を経たのちに、語頭が脱落して「ざれ」に変わり、それがさらに「ざり」「じゃり」*に変化したと解釈することもできます。

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by YOSHIO_HAYASHI | 2006-04-27 06:59 | 言語・文化雑考
2006年 04月 26日
昨夜はゼミの呑み会で・・・
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 かかる仕儀と相成りました。
 その余波のため、本日の砂利採掘業務はお休みとさせていただきます。

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by YOSHIO_HAYASHI | 2006-04-26 10:19 | 身辺雑記
2006年 04月 25日
じゃり(砂利) (14)
f0073935_342046.jpg 次は、第12回に示した 3)「砂利」 の吟味に移ります。

 この例が『猿蓑』巻四に収める土芳(とほう、どほうとも。1657-1730)の句に出るものであることは、すでに本項第5回に記したとおりです。

 芭蕉に俳諧を学び、師の俳論を体系的に整理した『三冊子』の編者として知られるこの人物は、芭蕉と同じ伊賀上野の生まれ。上野藩に武士として仕えたのち、三十代はじめに引退し、その後は蕉門俳人として風雅に志す生涯を送りました。

 彼は出仕中、藩命を受けて播磨国に長く滞在したことはありましたが、その時期を含めても、終生関西の言語圏に身を置いたことに変わりはありません。

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by YOSHIO_HAYASHI | 2006-04-25 04:31 | 言語・文化雑考
2006年 04月 24日
じゃり(砂利) (13)
f0073935_6214232.jpg 〝じゃり洗い〟を続けます。

 2)「ざり」の例は、延宝五年(1677)十一月、俳諧師惟中(いちゅう)が大阪で刊行した『俳諧三部抄』の中に見えるものです(本項第7回参照)。

 この文献は三巻四冊から成る俳諧撰集で、上巻は本・末二冊に分けられ、諸国の俳諧師の発句を四季別に分類収録したもの。用例句はその春の部の中に収められています。

 われわれが知りたいのは、この句の作者「風子」なる人物が、どこの国の住人だったのかということです。

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by YOSHIO_HAYASHI | 2006-04-24 06:23 | 言語・文化雑考
2006年 04月 23日
じゃり(砂利) (12)
f0073935_6191488.jpg 「じゃり」の身元洗いをもう少し続けます。

 前回引用した『物類称呼』に「江戸にてじやりと云」とあることから、「じゃり」を江戸の方言としましたが、この語が使用された地域は、実際はもっと広かったと考えたほうがよいでしょう。

 これまでに見てきた「じゃり」の使用例のうち、比較的早い時期(1600年代)のものを再掲します。

 1)ぢやり(梅津政景日記・1615)
 2)ざり (俳諧三部抄・1677)
 3)砂利 (猿蓑・1691)

 上記三例について、言語の使用地域に関する吟味を加えてみましょう。

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by YOSHIO_HAYASHI | 2006-04-23 06:20 | 言語・文化雑考
2006年 04月 22日
じゃり(砂利) (11)
f0073935_1063495.jpg それでは、『物類称呼』が《小石》の畿内方言とする「ごろた」は、『日葡辞書』ではどのように扱われているでしょうか。

 この辞書の「補遺編」(一六〇四刊)の中に次の記事があります。

 Gorta.l,Gortar.* (ゴラゥタ。または、ゴラゥタラゥ。)
 建築の際に、大きな石の間に入れる砂利、または、小石。

               (岩波書店『邦訳日葡辞書』による)

*(注)ご覧の画面では、見出し語のローマ字綴り3箇所が文字化けして""の形になってしまいます。これは"o"字の上に、長音記号にあたる小さな"v"字を載せたような字形で、中世のころに[au]という母音連続から変化して生まれた長音(開長音)を表す文字です。

『物類称呼』のほうは「ごろた」でしたが、こちらは長音形で「ごらうた」「ごらうたらう」とあって、語形が少し異なります。しかしその語義解説を見れば、両者の指す対象が同じであることは明らかです。

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by YOSHIO_HAYASHI | 2006-04-22 10:12 | 言語・文化雑考
2006年 04月 21日
じゃり(砂利) (10)
f0073935_7464051.jpg これまで見てきたところから、江戸期のころには、《砂利》の意を表す語として、「じゃり」とは別に「ざり」があり、この二つの語形の共存したことが確認されました。また、漢字表記の「砂利」は、必ずしも初めから用いられたものではなかったらしいこともうかがわれます。

 ところで、中世末期の日本語について調べる際に欠かすことのできない『日葡辞書』(一六〇三刊)を検索してみても、あってもよさそうな Iari(ジャリ)または Zari(ザリ)のどちらの見出し語も探し当てることはできません。

 これに対して、古語の「さざれいし」のほうは、Sazare(サザレ)を「詩歌語」として掲げ、その例としてSazareixi(サザレイシ)を示しています。

 この辞書を編んだキリシタン宣教師たちは、当時の俗語にも注意深く目を向けており、この種の語には「卑語」を意味する略語"B."の注記を添えて採録していますから、《砂利》を指す語を拾い落としたとは考えにくいところがあります。

 では、「じゃり」はなぜ『日葡辞書』に採られなかったのでしょうか。

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by YOSHIO_HAYASHI | 2006-04-21 07:44 | 言語・文化雑考
2006年 04月 20日
じゃり(砂利) (9)
f0073935_6115426.jpg 全齋の引用した話は、『十訓抄』第十の三四話に収められています。

 三巻本系統のテキストを底本とする岩波文庫本の本文には、僧の名が「覚筭」とあり、校注者の脚注によれば、流布本系統には「覚讃」とあるよし。また、『十訓抄』とほぼ同じ時期に成立した『古今著聞集』のほか、『園城寺伝記』にもこれと同じ内容の記事があり、それらはともに僧名を「覚讃」としています。
『俚言集覧』の「学讃」は、この「覚讃」を字体の類似によってこのように誤ったものと思われます*

 また問題の和歌にも、テキストによる小異が認められます。『古今著聞集』には次のようにあります。

  山川のあさりにならでよどみなば
    ながれもやらぬ物や思はん

 ただし「山川のあさり」の部分は違いがないので、「あさり」の語義はどちらの和歌も同じと見てよいでしょう。

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by YOSHIO_HAYASHI | 2006-04-20 06:12 | 言語・文化雑考