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タグ:このてがしわ(児手柏)
  • 「このてがしわ(児手柏)」近況
    [ 2006-11-10 06:24 ]
  • このてがしわ(児手柏) (12)
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    [ 2006-07-14 05:48 ]

2006年 11月 10日
「このてがしわ(児手柏)」近況
今年の7月11日の記事「 このてがしわ(1)」に、この植物の写真を載せました。その現在の姿が上の写真です。

夏の頃には青白いコンペイトウのような姿をしていた球果が茶色に変じてはじけ、中にある黒い種子が姿を見せています。漢方ではこの種子に滋養強壮の薬効ありとしてこれを用いる、と物の本にありますが、どのように処理をするかまでは記載されていません。

私はこれを蒔いてみようと思い、球果を数個頂戴してきました。どんなことになるかは来年を気長に待つことにしましょう。

ところで宣伝になりますが、拙著『やまとことばの散歩道』(リヨン社)の発刊日が12月8日に決まったという連絡を昨日編集担当者からもらいました。これまでこのブログに掲載した数編の記事も収められ、「このてがしわ」もその中に含まれています。

実はまだその最終ゲラの点検と索引作りの作業が終わっていません。学会の開かれる岡山までそれを持参して、往復の列車内とホテルで作業をする羽目となりました。まあ、なんとかなるでしょう。

こういう次第で、明日と明後日はこのブログをお休みとさせていただきます。帰ったら旅先写真をアップしますので、お楽しみに。

では行ってきます。

*撮影機材:RICOH GR-DIGITAL 28mm f2.4

by YOSHIO_HAYASHI | 2006-11-10 06:24 | 身辺雑記
2006年 07月 22日
このてがしわ(児手柏) (12)
後世に中国から渡来したヒノキ科の「側柏」に、本来は別の植物名であるはずのコノテガシワの名が付けられたのはなぜでしょうか。ここにはいくつかの原因がからんでいるものと思われます。

その一つは、コノテガシワの正体が早くから不明になっていたことです。その実体がはっきりしていれば、別の植物名に流用されるようなことはなかったはずです。

また、本来は葉の細い常緑樹を指す「柏」の字が、日本では古くから葉の広い落葉樹のカシワと取り違えられていたことも見逃せません。万葉集歌では「このてかしは」が「児手柏」と表記されていますが、その「柏」字は、本来の字義から見れば誤った使い方をしていたことになります。

続きはこちら・・・

by YOSHIO_HAYASHI | 2006-07-22 11:09 | 言語・文化雑考
2006年 07月 21日
このてがしわ(児手柏) (11)
昨日取り上げた『相模集』の歌を再録します。

ふたかたに 我がうぢがみを いのるかな このてかしはの ひらてたたきて

ここには、「ひらて」に二つの意味を持たせた掛詞(かけことば)の技法が用いられています。

その一つには「葉手(ひらで)」の意味があります。

「葉手」は、「枚手」「葉盤」などとも書かれますが、天皇の即位の際に行われる「大嘗会(だいじょうえ)」の時などに、食べ物を盛って神に供えるのに用いられる器の名前です。これは数枚のカシワ類の葉を並べ、竹のひごなどで刺して綴じ合わせ、円い皿の形に作ったものです。なおこの名称は、古く『古事記』や『日本書紀』に見られます。このように、カシワ類が食器として用いられたことはすでに触れたとおりです。

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by YOSHIO_HAYASHI | 2006-07-21 07:50 | 言語・文化雑考
2006年 07月 20日
このてがしわ(児手柏) (10)
これまで述べてきたように、万葉集に詠まれた「児手柏」は、現在我々がコノテガシワと呼んでいる中国渡来の「側柏」とは異なるものと見るべきです。

「側柏」を「このてかしは」と読んだ例が見られるのは、この樹木が渡来したとされる江戸期以降のことで、それより古い文献の中に確かな例を得ることはできません。

また、万葉集以後の古歌に詠まれた「このてかしは」の中から、これは現在のヒノキ科に属するコノテガシワにあたる、ということが確実に言える例を探し出すのも困難なことです。


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by YOSHIO_HAYASHI | 2006-07-20 11:17 | 言語・文化雑考
2006年 07月 19日
このてがしわ(児手柏) (9)
昨日紹介した『書言字考節用集』が引用する『藻塩草(もしおぐさ)』は、永正十年(1513)頃の成立とされる文献で、連歌を詠む人のために、古文献の中から集めた詩歌の詞材を、意味に応じて二十の部門に分類し編集した百科事典形式の辞書です。

その巻九「木部」に「柏」を載せ、諸種のカシワ類の名を挙げた中に「このて柏」の項があります。その解説を次に引用します(大阪俳文学研究会編『藻塩草(本文編)』<和泉書院>による。句読点・濁点などの各種符号は筆者が加えたもの)。

なら山にあり。おほとちを、やまとの国には、このてかしはと云なり。いかゞかくはいふぞなれば、葉のちごどもの手に似たればかく云となり。

又云、このてかしはを女郎花ともいひおほとちとも云、同事なり。おほとちは、をみなへしに似て花のしろき也。萬(よろづ)にをとこをみなの花と云も、おほとちの事なり。

又柏の葉のもえいづる時は、児の手のごとくに、しは/\と紋のあるを云なり。(下略)


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by YOSHIO_HAYASHI | 2006-07-19 12:21 | 言語・文化雑考
2006年 07月 18日
このてがしわ(児手柏) (8)
昨日引用した『大漢和辞典』「柏葉」の項の二番目に出る「扁柏」は、ヒノキの異名です。なおこれは日本で作られた漢語で、中国ではこの熟字を用いません。

さて、上記の項の最初に示されていた「側柏」が、問題のコノテガシワの中国名にあたるものです。このことは、この植物が中国から舶来したものであることと併せて、すでに「このてがしわ(児手柏) (2)」のところで触れました。

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by YOSHIO_HAYASHI | 2006-07-18 07:35 | 言語・文化雑考
2006年 07月 17日
このてがしわ(児手柏) (7)
中国では「柏」がどのような植物を指したのかを知るために、諸橋轍次著『大漢和辞典』「柏」の項の中から、その参考になる熟語の例を集めてみましょう。

・柏葉   柏の葉。側柏・扁柏・羅漢柏・円柏の
       類の常緑喬木の葉。
・柏葉酒  柏の葉を浸した酒。邪気を払ふといふ。
・柏葉書  柏葉の状のやうに折り畳んだ書簡。
・柏舟   柏で作った舟。柏は我が国の檜の類。

上記の「柏葉」と「柏舟」の解説には、すでに「常緑喬木」「我が国の檜の類」という答えが用意されています。

また、「柏」が日本のカシワのような広葉樹ではなく、ヒノキのような細い葉を付ける樹木だからこそ、細く折り畳んだ書簡をたとえて「柏葉書」と呼ぶこともできたわけだし、「柏葉酒」からは、これに類似した、松の葉を酒に浸して作る香りの高い「松葉酒」のイメージが浮かんできます。

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by YOSHIO_HAYASHI | 2006-07-17 07:59 | 言語・文化雑考
2006年 07月 16日
このてがしわ(児手柏) (6)
『播磨国風土記』とほぼ同じ時期(712年)に撰録された『古事記』にも、「柏」字を用いた例があります。

その中の三例は「大御酒柏(おほみきのかしは)」あるいは「御酒柏(みきのかしは)」の形で用いられ、いずれも天皇が酒を盛るのに用いた葉を指しています。

またこれとは別に、「御綱柏(みつなかしは)」と記された例が三例あり、こちらもまた、この木の葉が酒を飲むための器として用いられたことを示す文脈の中に出てきます。なおこれが現在の何にあたるかということも問題になりますが、一般にはウコギ科のカクレミノを指すものとされています。

ここまで挙げた諸例に見るように、日本では広い葉を持つカシハの類を指すのに、古くから「柏」字を用いてきました。

ところが実は、「柏」字は本来そのような広葉樹を指す漢字ではなかったのです。

中国には、日本の山野に自生するようなカシハが存在しません。したがって、この漢字がカシハを指すものでないことは言うまでもありません(このことは次回に触れます)。

つまり日本では古くからこの漢字を、本来の字義とは異なる植物を指すのに用いてきた、というわけです。

*撮影機材:R-D1+COLOR-HELIAR75mm(MC) f2.5

by YOSHIO_HAYASHI | 2006-07-16 08:25 | 言語・文化雑考
2006年 07月 15日
このてがしわ(児手柏) (5)
広い葉を持つカシハ類を「柏」字で表すようになったのは、いつごろからのことでしょうか。

すでに見た万葉集歌Aの原文にも、コノテカシハに「児手柏」の表記が用いられていましたが、万葉集ではこのほか、アキガシハ(秋柏)・アサガシハ(朝柏)・イハトカシハ(石迹柏)・ミツナガシハ(御綱柏)などにも「柏」字を用いた例があります。

万葉集の成立年代は明らかではありませんが、通説では宝亀年間(770-781)のころとされます。

これより早い時期(715年ごろ)に成立したと見られる『播磨国風土記(はりまのくにふどき)』の「讃容(さよ)」郡の条にも次の例があります。

【原文】柏原里 由柏多生 號爲柏原
【訓読】柏原の里。柏(かしは)多(さは)に生(お)ふるに由(よ)りて、号(なづけ)て柏原と為(なす)。

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by YOSHIO_HAYASHI | 2006-07-15 10:24 | 言語・文化雑考
2006年 07月 14日
このてがしわ(児手柏) (4)
カシハを名前の一部に持つ古代の植物名には、コノテカシハのほかに、アカラガシハ・ホホガシハ・ミツナカシハなどがあります。これらの中には、カシハとは植物学的に異なる種類のものも含まれています。

しかし、これらの植物に共通しているのは、コノテカシハ以外のカシハ類はすべて神事の際などに酒や飯を盛る器として用いられたという点です。カシハという言葉が、本来はそのような飲食器として使用されるものを指す名称だったと見るべきではないか、と考える根拠の一つは、こういうところにあります。

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by YOSHIO_HAYASHI | 2006-07-14 05:48 | 言語・文化雑考