タグ:やはり ( 14 ) タグの人気記事

2006年 07月 29日
やはり(14)
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今朝の散歩の折に、以前にこのブログに写真を載せたコノテガシワの前を通ったら、実が一粒地面に落ちていたので、それを拾ってきました。よく見るとすでに小さな杉の葉の形をした芽が顔をのぞかせています。これをうまく育ててみたいので、これから折を見てその経過を報告します。

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by YOSHIO_HAYASHI | 2006-07-29 11:36 | 言語・文化雑考
2006年 07月 28日
やはり(13)
f0073935_11571156.jpg中世の文献に「やはり」の第二音節がワ行に転じた「やわり」の例が見えることを、「やはり(9)」の項で触れました。

このように、いったんは語中尾のハ行音がワ行に転じた形跡があるのに、現代ではそれがハ行音の形を取っているものとして、すでに「すあま」の項で「ひはだ(檜皮)」「けはい(気配)」の例を取り上げましたが、「やはり」もまたこれに類するもののように見えます。

そこでは、このような現象が起きる原因として、問題の語が日常語の世界からいったん姿を消して廃語となった後に、何かのきっかけで文献の中からよみがえった際に、その仮名表記にもとづいて古形が復元される結果を生じたということを想定しました。また、その際には漢字表記もこれを支える要因となることにも触れました。

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by YOSHIO_HAYASHI | 2006-07-28 11:56 | 言語・文化雑考
2006年 07月 27日
やはり(12)
f0073935_10395710.jpg昨日、若い世代の日常語では「やっぱり」よりも「やっぱし」「やっぱ」が多く使われるということを書きましたが、最近の高校生くらいの年代の間では、別に「やっかし」の形も使われていることを知りました。

どうやらこれは、某人気タレントの「やっぱし」の言い間違いが始まりで、それがみるみるうちに若い世代の間に広まったもののようです。Googleで拾ってみると、イヤ、あるはあるは、掃いて捨てるほどの用例が検索の網にひっかかりました。

なかには、「やっかし」が「やっぱり」と混淆を起こして、うっかり「やっかり」と言ってしまった、などという 自省の記録まであります。

すぐに消え去る一過性の流行り言葉だとは思いますが、しばらく注意を向けて観察してみることにします。

ところで、「やっぱ」もまた若者に多く使われる語形ですが、これも「やっぱし」と同様、すでに江戸期の文献に登場します。

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by YOSHIO_HAYASHI | 2006-07-27 10:36 | 言語・文化雑考
2006年 07月 26日
やはり(11)
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現代の若い世代の日常語では、「やはり」「やっぱり」よりも、「やっぱし」あるいは語尾を省いた「やっぱ」の形が多く使われています。このような語形はごく新しい時期に生まれたもののように思われますが、実はそうではありません。

貞門の俳人安原貞室が編んだ『かたこと』(1650年刊)は、江戸初期の京都の言葉を中心に、ことばのなまりについて論じた書物ですが、その中に「やはり」を取り上げた次の一項があります(近代語研究会編『近代語研究』第三集による)。

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by YOSHIO_HAYASHI | 2006-07-26 11:59 | 言語・文化雑考
2006年 07月 25日
やはり(10)
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今朝の散歩道には雨上がりの霧が立ちこめていました。霧とヒマワリという取り合わせは、どうもミスマッチの印象をぬぐいきれません。早く太陽の下に輝く大輪の花の姿を見たいものです。

さて、昨日掲げた体系図の中には、「やはり」から転じた「やっぱり」と、「やはり」の転呼形「やわり」から生じた「やんわり」が含まれていました。

「やはり」と「やわり」が家系図の兄弟関係にあるものとすると、「やっぱり」と「やんわり」は従兄弟同士の関係にあたることになります。現代日本語の用法では、両者の血がつながっているようにはとても思えませんが、両者は本来血統を同じくする関係にあると考えることができます。

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by YOSHIO_HAYASHI | 2006-07-25 12:33 | 言語・文化雑考
2006年 07月 24日
やはり(9)
f0073935_6521945.jpg「このてがしわ」に長々と寄り道をしてきましたが、ふたたび「やはり」の問題に戻ります。これまでの流れは、本文右側のメニュー欄【タグ】語群中にある「やはり」の項目をクリックしてご覧ください。

前回の記事で触れたように、中世の文献には、「やはり」の強調形「やっぱり」のほかに、「やっぱら(かいで)*」「やっぱれ」などの語形も姿を見せます。これらはそれぞれ、「やはり」「やはら」「やはれ」に促音を添加させることによって、強調の機能を持たせたものです。

このような強調のしかたには、たとえば「がくり>がっくり」「どさり>どっさり」「ぴたり>ぴったり」などに見るように、一定の規則性が備わっています。

一方、室町・江戸期の「抄物(しょうもの)」類には、「やはり」の別形にあたる「やわり」も登場します(用例は『日国』・『時代別(室町)』「やはり」の項に載るものによる)。

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by YOSHIO_HAYASHI | 2006-07-24 07:06 | 言語・文化雑考
2006年 07月 10日
やはり(8)
f0073935_6283187.jpg室町期の文献には、「やはり」を強調する形として、「やっぱり」以外の語形も登場します。

キリシタン宣教師が日本語学習のために長崎で出版した『日葡辞書』の補遺編(1604)には、次のような例が見えます(日本語表記は『邦訳日葡辞書』<岩波書店>による)。

・Yapparacaide.(ヤッパラカイデ) 例,Yapparacaide gozare.(やっぱらかいでござれ) 身体をゆすらないで、静かにじっとして居なさい.
・Yappare.(ヤッパレ) 副詞. 同上. 例,Yappare gozare.(やっぱれござれ)


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by YOSHIO_HAYASHI | 2006-07-10 06:37 | 言語・文化雑考
2006年 07月 09日
やはり(7)
f0073935_13124823.jpg《そのまま》の意を表す「やはり」の用例は、すでに室町期の文献の中に見ることができます。

銭ヲ多ニセウト思フハ、チツトモヤハリ置テハカナウマイゾ。

これは臨済宗の学僧桃源瑞仙(とうげん ずいせん)の『史記』の講義を記した『史記抄』(1477)に出る例です。

文意は《金を増やそうと思う時には、わずかな金額でも、そのままにして置いては思うようにならないだろう》ということで、ここに用いられた「やはり」は《そのまま》の意を表しています。

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by YOSHIO_HAYASHI | 2006-07-09 13:05 | 言語・文化雑考
2006年 07月 08日
やはり(6)
f0073935_10493523.jpg昨日引用した『志不可起』の「やはり」の項に、「源氏ナドニやをらト云詞有」云々という箇所がありました。これは現代語でも「やおら*身を起こした」のように用いる「やおら」が、「やはり」と同源の語であり、源氏物語などではそれが「やをら」の表記形で使用されていることを指摘したものです。

編者はまた、「シヅカニヤハラカナル」意を表すのが「やはり」の本義であり、漢字表記として「和」字が用いられることにも触れています。これは「やはり」の語源解として妥当なものであり、「やはり」とその周辺の語の関係を考える上でも参考となる見解です(なお、これに関連する「やはり」の漢字表記の問題については別に触れる予定です)。

編者が語釈に用いている「ヤハラカ」にも「やはら」という造語要素が含まれていますが、これも「やはり」と源を同じくするものと見ることができます。

また「和ノ字ヲ用」としているところには、現代ではこの「和」字に「やわらぐ」の読みを当てていますが、その古語にあたる「やはらぐ」の「やはら」もまた「やはり」と同源と見るべきことが暗に示されています。

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by YOSHIO_HAYASHI | 2006-07-08 10:55 | 言語・文化雑考
2006年 07月 07日
やはり(5)
f0073935_104736.jpg昨日の記事から続きます。

問題の「やはり」に、先に示した三つの語義のうちの【語義2】と【語義3】が当てはまらないとなると、残るは【語義1】。

その《もとのままである様子》の意をあてはめてみると、「やはり野に置け」は、《そのまま野に置いておくのがよい》の意を表していると解されることになりますが、これで格別の不都合はありません。

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by YOSHIO_HAYASHI | 2006-07-07 10:37 | 言語・文化雑考