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2006年 07月 22日
このてがしわ(児手柏) (12)
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後世に中国から渡来したヒノキ科の「側柏」に、本来は別の植物名であるはずのコノテガシワの名が付けられたのはなぜでしょうか。ここにはいくつかの原因がからんでいるものと思われます。

その一つは、コノテガシワの正体が早くから不明になっていたことです。その実体がはっきりしていれば、別の植物名に流用されるようなことはなかったはずです。

また、本来は葉の細い常緑樹を指す「柏」の字が、日本では古くから葉の広い落葉樹のカシワと取り違えられていたことも見逃せません。万葉集歌では「このてかしは」が「児手柏」と表記されていますが、その「柏」字は、本来の字義から見れば誤った使い方をしていたことになります。



一方、現在のコノテガシワは常緑樹であり、その漢名の「側柏」は「柏」の字義を正しく伝えるものです。

さきに取り上げた『書言字考節用集』には、「側柏」に「コノテカシハ」の読み仮名が施されていました。これは、この辞書が編まれた時期よりも前に、すでにそのような読み方があったのを、先行文献を経由して受け継いだものと思われます。

そうすると、「側柏」の和訳としてコノテカシハを用いるようになったのは、この樹木が中国から輸入された時より後なのか、それとも実物が日本に入る以前に、書物の中などでこの漢語を見て、その訳語として考え出されていたものなのか、という問題も派生することになります。誰がそれをしたのかという問題もありますが、それについてはもとより不明とするほかありません。

ここから先は推測になりますが、私は、実物とともにその漢名「側柏」が日本に入った後に、この呼び名が生まれたと見る立場を支持します。その折に、この木の葉が子どもの手のひらに似た形をしていることと、「柏」の字をカシワと読む日本の習慣が結びついて、その名前にふさわしいものとして、古くからあったコノテガシワが選ばれたと考えます。

万葉集の「児手柏」の正体は何か、これが最大の関心事ですが、残念ながら、現段階ではこれがそれだという答えを示すことはできません。広葉樹で古代に食器として用いられたカシワの一種、これが現在の私が出せる精一杯の答案です。

コノテガシワを巡ることばの散歩は、当初思ってもいなかった場所にまで足を伸ばす結果となりました。そのきっかけを作って下さった hisako-baaba さんに改めて感謝いたします。

  *撮影機材:R-D1+COLOR-HELIAR75mm(MC) f2.5

by YOSHIO_HAYASHI | 2006-07-22 11:09 | 言語・文化雑考


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