2010年 03月 24日
前回に示したように、二十巻本『和名類聚抄』本文における能登国「鳳至」郡の読みが、元和三年古活字版には「不布志(ふふし)」とあり、このことに不審が残ります。この点について二十巻本の古写本の本文を調べてみました。 ちなみにこの古辞書には、別系統に属する十巻本もありますが、こちらには「国郡部」が収められていないので、参考にすることはできません。なおこの点については、原本にあった「国郡部」が後に省かれたのか、それとも原本成立後に増補されたものかをめぐる諸説があります。私は後者がよいと考えますが、この問題にもここでは深入りしません。 左に掲げるのは、永禄九年(1566)に書写された、名古屋市博物館所蔵『和名類聚抄』の該当箇所の画像です(同博物館1992年発行複製本による)。 これをこの項(2)に掲げた元和三年古活字版の本文と対比させてみると、後人の手の加わっていることが分かります。元和版にはなかった郷里名がそれぞれの郡名の下に加えられている反面、本来は万葉仮名で表記されていた郡名の読みが片仮名による振り仮名形式に改められていますね。 さて、問題の「鳳至」に施された読み仮名は「フケシ」とあります。ここには濁点は施されていませんが、現在のフゲシに相当するものと見てさしつかえないでしょう。 この資料は、「鳳至」の現在の呼び名がすでに16世紀中頃には存在していたことを証拠付けるものです。 (この項続く) #
by YOSHIO_HAYASHI
| 2010-03-24 07:15
| 言語・文化雑考
2010年 03月 23日
今年は定年退職者の一員ということで他の六人の教員たちと教員席の最前席に列んで式に臨みました。 こういう場所で機器を扱うのはいささか憚られるものがありますが、大事の前の小事、そんな思わくは無用とて、上着の下に忍ばせたカメラとiPhoneを駆使して、撮ったりツィートしたりの天をも恐れぬ所行に及びました(笑) その成果の一端をご披露いたします。 式の最後に定年退職教員への花束贈呈が行われ、大きな花束がそれぞれのゼミ生たちから手渡されました。 定年の黄なる花束手に重く 宗海 四千の学徒とともに卒業す 宗海 式の後にゼミ生たちと記念写真を撮ろうと会場の外に出ると、ゼミ後輩と昨年の卒業生が待ち構えていて、卒業生と私に花を贈って下さいました。皆さん、嬉しいお気持ちをありがとう! さらに午後には、近くのホテルで開かれた大学院の学位授与記念パーティーに参加しました。こちらにも後輩の門出を祝って大学院OBのS君とJ君が駆けつけて下さいました。J君はこの日のために結婚相手と弟氏を伴って台湾から来訪したということで、その篤いお気持に深く感じ入った次第です。 こんな素晴らしい教え子たちに囲まれて、定年まで教員生活を送ることができたのはまことに仕合わせです。職を離れても、ブログやツィッターを通していつでもお会いできますから、これからもこれまで同様にお付き合いください。 ◆ 私のツィッターログへは こちら からどうぞ。 ◆ *撮影機材:RICOH GR-DIGITALⅡ 28mm f2.4 #
by YOSHIO_HAYASHI
| 2010-03-23 06:20
| 身辺雑記
2010年 03月 21日
お手数ですが、この項の(2)に画像として掲げた「能登国」の記事をもう一度御覧ください。「鳳至」の次に「珠洲」の郡名があり、これに「須々」の付訓が見えますね。現在もそう呼ばれているように、これはスズの読みを示すものです。 ちなみにこの古辞書では、清濁の書き分けをせずにこのように同じ万葉仮名を用います(このことについてはまた別の問題がありますが、ここでは話の錯綜を避けて省略します)。 このスズが「須々」の形で表されているように、同じ仮名で書かれる読みを示す際には、「々」の記号を用いるか、あるいは直前のと同じ万葉仮名を用いるのがこの辞書の方針です。 例えば、漢字表記の同じ地名で、大隅国「桑原」の郡名に「久波々良(くはばら)」とあるのは前者の例であり、信濃国諏訪郡の「桑原」に「久波波良」の形で示されているのは後者の例にあたります。 この方針は徹底して守られており、同音節の連続する地名には、必ずどちらかの表記方式による読みが施されています。 ところが「鳳至」における「不布志」の読みには、同じフの連続に対して「不布」という異なる万葉仮名が使用されていて、他の多くの例とは異なる点に不審が残ります。 (この項続く) 今朝は当季の季語にあたる「春疾風(はるはやて)」が列島を吹き抜けていきました。皆さんのところには被害はありませんでしたか。 ◆ 私のツィッターログへは こちら からどうぞ。 ◆ *撮影機材:PENTAX K-7 +SIGMA17-70mm f2.8-4.5 DC MACRO #
by YOSHIO_HAYASHI
| 2010-03-21 06:34
| 言語・文化雑考
2010年 03月 20日
本居宣長に『地名字音転用例』という著作があります。前回まで取り上げたような、字音を転用した地名の例を丹念に集め、これを原理的に分類したもの。これは『本居宣長全集』第五巻(筑摩書房)などで読むことができますが、その中に問題の「鳳至」が「種(くさぐさ)ノ転用」例の一つとして取り上げられています。(左の画像参照) ここに見るように、宣長は「能郡(=能登国の郡名)」の「鳳至」の読みを「不布志(ふふし)」とする文献に基づいて、この地名表記を、「鳳」の字音フウの韻尾ウをフフシの第二拍フを表すのに転用したものと見なしています。 しかし遺憾ながら、わずかこれだけの記述の中に、根本的な誤りが含まれています。 宣長が「鳳至」の読みを「不布志」としたのは、彼の使用したテキストが、すでにこの項の(2)で紹介した元和三年古活字版『和名類聚抄』であったことによるものと思われます。江戸期の他の多くの文人たちも、本書を参照する際にはこの流布版を使用しています。 ただし、この本文を全面的に信頼するのは危険です。これは他の文献についても同じ事が言えますが、後人の書写にかかる古文献には、必ずと言ってよいほど転写の間に生じた誤りが含まれているからです。 その例に漏れず、宣長が参照した版本の「能登国」の記事についても、写し誤りと見るべき箇所があり、そのことが彼の説に再検討を加える余地を残しています。以下、しばらくこの問題にお付き合い下さい。 (この項続く) ◆ 私のツィッターログへは こちら からどうぞ。 ◆ *撮影機材:PENTAX K-7 +SIGMA17-70mm f2.8-4.5 DC MACRO #
by YOSHIO_HAYASHI
| 2010-03-20 06:38
| 言語・文化雑考
2010年 03月 19日
例えば「信濃」という国名の表記には、古くから口承されてきた /シナノ/ という"声"を /シナ/ と /ノ/ の二要素に分析した後、/シナ/ には「信」の字音 sin に母音 a を添える方式が、また/ノ/ に対しては、これとは逆に「濃」の字音 nou の韻尾 u を除く方式が採用されています。 なおここで銘記すべきは、/シナノ/ という音声が先行のものであって、「信濃」という文字は後から便宜的に宛てられたものであるという点です。/シナノ/がどういう語義を持つ地名であるかについては不明というほかありませんが、少なくとも「信」や「濃」という漢字にはそれを解く手がかりは含まれていない、ということだけは確かです。そしてこのことは、字音転用による地名表記全般について言えることです。 「上野国(かうづけのくに)」にはかつて「男信(なましな)」という郷名がありました。この /ナマシナ/ もまた /ナマ/ に「男」を、 /シナ/ に「信」をそれぞれ宛てることによって案出された字音による地名表記です。 /シナ/ に「信」を宛てたのは信濃の場合と同じですが/ナマ/ を「男」によって表したのは、この字音が当時 nan ではなく、中国原音に近い nam の形で受容されていたことを示すものです。 現代日本語には、朝鮮語に見られるようなこうした字音韻尾 -m と -n の区別はありません。しかし、古代日本語ではこの区別が学習的に守られていた、これはそのことを示す一例にあたるものです。 (この項続く) コブシが満開の時期を迎えました。大樹を振り仰ぎながら、今年も命長らえて花の盛りに出会えた仕合わせをしみじみと味わいました。 今朝はもう一つの白い命にも。城尾ファミリーの一員に、ほんとに久しぶりに遭遇しました。君も無事に冬を越せてよかったね。 ◆ 私のツィッターログへは こちら からどうぞ。 ◆ *撮影機材:PENTAX K-7 +SIGMA17-70mm f2.8-4.5 DC MACRO #
by YOSHIO_HAYASHI
| 2010-03-19 07:14
| 言語・文化雑考
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